いつかの約束(寅撫)

「何を読んでるの?」
「ん?時田が載ってる雑誌」

トラに会うために屋上へ行くことが日課になってどれくらい経つだろう。
小学生の頃も、トラは授業が面倒だ。先生が面倒だ。級友が面倒だといっては屋上へ上がっていった。
それをとめようと彼を引っ張ろうとすると睨まれたことだってあった。
でも、屋上にいけばトラに会える。
そんな風に学習した私は、トラに会いたくなると屋上へ上がるようになっていた。
今日もそうして私は屋上へ上がった。
雑誌を読むトラの隣に座って、雑誌を覗き込んだ。

「ウェディング・・・?」
「だってよ」
「終夜、まだ結婚って年齢じゃないとおもうけど」
「そりゃそうだろう。それより時田が結婚・・・っていうイメージも沸かねえよ」

少し楽しそうに笑うトラの表情を盗み見ると、なぜだか心が落ち着かない。
トラはたまに優しく笑う。
それはトラの弟さんたちに対してだったり、終夜に対してだったり。
・・・私に対してだったり。
優しく笑うトラに落ち着かない。
誤魔化すようにページをめくるトラの指を見つめると、思いのほか、綺麗な指をしていた。

「トラの指って綺麗ね」
「はぁ?何言ってんだ」
「だって、ピアノとか弾けそうな指しているわ」
「・・・あのなぁ、指だけでピアノが弾けそうとかないだろ」
「そうかしら」

もう一度雑誌に視線を落とすと、終夜の隣には綺麗なウェディングドレスを着たモデルさんが微笑んでいた。
なんて綺麗なんだろう。
同性である私が見てもため息が出るくらい綺麗だ。

「素敵ね」
「ふーん。お前にもそういう願望あるんだ?」
「願望って?」
「こういう風に着飾りたいっていう願望」

私がうっとりと見つめていた人を指差して、トラは言う。

「だって綺麗じゃない」
「お前の方が綺麗なんじゃね?」
「・・・!?」
「ファッションにあんまり興味なかったお前がウェディングドレスねぇ」
「わ、私だって女だもの!ウェディングドレスが素敵だなって思うようになるわ」
「いいんじゃねーの?べつに」

綺麗だといったことを忘れたようにトラは次のページをめくった。

「お前、こういうの似合いそうだな」

それはウェディングドレスの種類でいえばAラインタイプのもの。
胸元にあしらわれた刺繍や、オーバースカート風に重ねられた生地がとても美しい。

「そうかしら」

でも、似合えばいいな。
トラが言ってくれたんだもの。
そんな風に私は思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

あの日から何年経っただろう。
中学生のときの何気ない会話。
10年以上前のことなのに、色鮮やかに覚えているのはトラが似合いそうだと言ってくれたことが凄く凄く嬉しかったからだ。

「撫子、準備できたか」
「トラ」

トラの声がして、ゆっくりと振り返る。
一瞬驚いたように目を見開くと、それから優しい笑みを浮かべた。

「・・・なんだよ」
「え?」
「やっぱり似合ってるじゃねえか」
「・・・おぼえてたの?」

控え室のドアが閉まる。
一歩一歩、距離が縮まるごとに私の心臓は高鳴る。私が選んだウェディングドレスは、あの時トラが似合うといってくれたドレスだ。
全く同じものではないけれど、あの時目に焼き付けたドレスを懸命に書き起こし、作ってもらった。

「撫子」

私の手を取ると、そのまま引き寄せられる。
倒れこむようにトラの胸のなかに飛び込んだ。

「待たせたな」
「・・・ううん」

家族になりたい、と言ってくれたあの日から。
私たちは、家族になるために頑張った。
お父様に認めてもらうために、トラは本当に頑張ってくれた。
何度も何度もお父様と会って、結局口論になって・・・というのを数えると両手では足りないだろう。
トラの親族の方との関わり方についても、たくさん話し合った。
トラのお父様・・・お母様にもお会いして話すことも増えた。
初めて会った時はお母様は、トラに似ていてドキリとしたのを今でも覚えている。

「トラ、私たち家族になるのね」
「ああ・・・そうだ」

額にそっと口付けが落ちる。

「お前を手放すつもりなんてなかったけど・・・
これでようやくお前の全て、俺のものなんだな」
「私の全て、トラのものよ。
それに、トラの全ても私のものよ」

額への口付けのお返しに、トラの頬に口付けをする。
少し口紅がついてしまったが、後で落とせば大丈夫だろう。

「俺の全ては、ずっと前からお前のものだ。
・・・撫子」

きゅっと抱き締められて、耳元でトラが囁いた。
その言葉があまりにも不意で、私の頬に一筋の涙が伝った。

-ありがとう-

「トラ、ずっとずっと・・・・一緒にいましょう」

いつか子どもが生まれて、年をとって、おじいちゃんとおばあちゃんになっても、ずっとずっと。
ずっと、あなたは私のもの。

神様に誓う前に、もう一度私自身にそれを誓った。

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