「終夜、まだ残ってるわ」
終夜と外食した時のこと。
ハンバーグがのっているお皿を彩っていた人参のソテーがそのままだったのでそれを指摘する。
「ふむ。これがいわゆる愛の試練というやつか」
「それは違うと思うわ」
私は私の分の人参のソテーも食べ終えたので、お皿の上は綺麗だ。
終夜はそのお皿と私のお皿を見比べて、本当に困ったという表情のまま押し黙った。
「・・・嫌いなのね、人参」
「こやつとはいつか決着をつけねば、と思ってはいるのだが・・・
なかなかうまく行かないのだ」
フォークを握り締めたまま人参のソテーと向き合う終夜を守るが、今日も決着がつかないようだ。
置いたフォークを持ち直し、ぱくりと食べてみせる。
「甘くて美味しいわ」
「・・・撫子、私のために犠牲になるなんて」
「次は頑張りましょう」
「・・・ああ」
食事を終えて、お店の外に出るとあたりはすっかり暗くなっていた。
陽が沈むのが本当に早くなった。
「家まで送ろう」
「ありがとう」
当たり前のように手を繋ぐと、私たちは歩き出した。
終夜と手を繋ぐようになって・・・いや、恋人になってもう4年。
小学生だった私達は、高校生になった。
終夜は今も変わらず私の隣にいてくれる。
4年という月日は長いと感じるのに、私は今日まで終夜が人参を嫌いだったことも知らなかった。
知らないことってまだきっと沢山あるんだろうな。
でも、それを知っていける時間が愛おしい。
◇
家につき、終夜に今日のお礼のメールを打つ。
忙しいスケジュールの合間を縫って、時間を作ってくれる。
私が終夜に出来ることってなんだろう。
そんな事を考えながら今日の思い出を日記に綴る。
ペンを走らせているとき、ふと思い至った。
(そうだわ。あれなら・・・)
私はいてもたってもいられなくなり、1階へと駆け下りた。
翌日。
終夜の部屋を訪れると、終夜は帰ってきていて、何かを真剣に読んでいた。
「終夜」
「撫子、おかえり」
「・・・ただいま」
一緒に住んでいるわけじゃないけど、終夜はそう言って歓迎してくれる。
それが照れくさい。
終夜の隣に座ると、鞄から昨夜つくったものを取り出して見せた。
「はい、終夜」
「それは?」
「人参が入ったパウンドケーキよ」
「・・・うむ」
嫌なんだろう、眉間に皺が寄った。
「紅茶いれてくるから一緒に食べましょう」
終夜をその場に残し、私はいつも通り彼のキッチンを使ってお茶の用意をする。
お湯を沸かしている間にパウンドケーキを食べやすい大きさに切って、お皿に盛り付ける。
少し経つと、お湯がちょうど良い温度になったので、茶器にお湯を注ぐ。
最近お気に入りのアールグレイだ。
ベルガモットの良い香りを感じると自然と笑みが零れた。
この瞬間が、一番好きかもしれない。
「はい、どうぞ」
「ああ、すまないな」
終夜の元に戻ると、読んでいた本は既に片付けてありソファの上で正座をして待っていた。
「そんなに身構えなくても大丈夫よ、多分」
「・・・撫子が私のために用意してくれたものだ。心してかかろう」
フォークとお皿を手に持ち、真剣な表情でパウンドケーキと向き合う。
一口大に崩すと、おそるおそる口へ運んだ。
私もその姿もじっと見つめる。
もぐもぐ、と黙って食べる終夜の表情が固いものから少しずつ変化していく。
「・・・!撫子!」
「ど、どうかしら」
「人参がうまいとは・・・!さすが撫子だ!」
「良かった」
ご機嫌に食べ進める終夜に私は安心して紅茶に口をつける。
「ねえ、終夜」
「ん?」
「苦手なもの、克服していけそう?」
「ああ、撫子のおかげだ。人参とはこれから仲良くできそうだ」
「そう、良かった」
いつか子どもが出来たとき、こうやって教えていけたら良いな、と考えた自分が恥ずかしくて火照った頬を誤魔化すように手でぱたぱたと仰ぐと終夜がふと口を開いた。
「いつか私たちに子どもが出来たとき、撫子のぱうんどけーきを食べさせてやりたいな」
「・・・気が早いわ」
似たようなことを考えていた事がやっぱり少し恥ずかしくて誤魔化すように紅茶をもう一口飲んだ。