アスティンの屋敷のキッチンは古い。
おどろおどろしさに誇りを持っているといったら可笑しいけど、彼のセンスがにじみ出ている屋敷のつくりにはもうすっかり慣れてしまった。紅茶用のお湯を沸かしながら茶葉とカップの用意をする。
作ってきたクッキーをお皿に盛り付ければ手持ち無沙汰になってしまう。
「エリーゼ、何か手伝うか」
「もう準備できてるから待ってて」
「そうか」
なかなか戻ってこない私を待ちくたびれたのか、アスティンがキッチンへとやってきた。
戻るように促したが、彼は私の後ろに移動してきて、そのまま抱き寄せてくる。
「あぶないわよ」
「お湯を沸かしているだけだろう」
甘えるように頬を私の後頭部にすり寄せる気配を感じる。
そういえばこんな風に触れるのも久しぶりだ。
最近はお互いが忙しくて外で会うことが多かった為、久しぶりの触れあいに迂闊にもときめいている。
「なあ、エリーゼ」
「なにかしら」
「おまえはいつ、私の屋敷に住むんだ?」
「・・・もう少し、かしら」
プロポーズをしてもらい、結婚の準備は少しずつだけど進んでいる。
だけど、今はまだもう少しスカーレット家で家族で過ごしていたい気持ちが強い。
「・・・そうか」
「だってこれから先の人生は、死ぬまであなたと一緒でしょう?
もう少しだけ、家族の時間を大事にしたいの」
私の返事に少しだけ悲しそうな色を含んだ声を出すアスティンを慰める。
私を抱き締める腕にさっきより力が籠もるのを感じて、振り返ると性急に唇を押し付けられた。
「んっ・・・ふ、」
さっきまで悲しんでいたはずの男は、なぜか今私の唇を貪っている。
久しぶりの口付けに息が上がるのも早い。
先を求めたくなって、彼の服の裾を強く握ろうとした時・・・
お湯を沸かしていたヤカンが沸騰したことを知らせた。
「・・・どうしたの、急に」
「おまえが可愛いことを言うから、抑えられなくなった」
離れたはずの唇をもう一度重ねてこようとするので、それをなんとか押し留めて、ヤカンの火を止めた。
「ほら、これを持ってむこうに行きましょう」
「ああ、わかった」
用意したお茶のセットを持って、リビングへと移動した。
いかにもアスティンが好きそうな色合いのソファにオブジェ。
私が住むようになったらもっと明るい色合いに変えてやろうと内心決めていた。
「む、これは美味いな」
用意してきたクッキーを口に運ぶと、アスティンが嬉しそうに笑う。
「良かった、気に入ってくれて」
「エリーゼ、おまえが作ってくれたんだろう?」
「ええ、久しぶりに焼いたから少しだけ緊張したわ」
妹たちにアスティンに持っていくのか、とからかわれながら作ったのだ。
その時のことを思い出して、少し頬が熱くなる。
「そうか、うまいぞ」
「ふふ、よかった」
私も一枚、と口に運ぶ。
うん、甘すぎずちょうど良い。
クッキーを食べながら、以前二人でよく通っている喫茶店での出来事を思い出した。
他のカップルが食べさせているのを見て、アスティンがやって欲しそうにしていたっけ。
私は一枚取ると、アスティンに差し出した。
「はい、あーん」
「・・・っ!?」
突然のことに驚いたのか、アスティンは頬を赤らめながら私を見つめる。
「あーん」
だから何も説明せず、にっこりと笑って彼が口を開くのを待った。
視線をさ迷わせた後、アスティンはようやく口を開いた。
「・・・あーん」
彼の口にクッキーをいれると、さくっと音がする。
(・・・案外面白いかも)
「おいしい?」
「ああ、美味い」
アスティンの顔をみれば、平静を装っているつもりだろうが耳が赤くなっていた。
そういうところ、可愛いのよね。この人って。
そして、そういう反応をされると私も照れてしまう。
「おまえも食べるか?」
「・・・そうね、頂こうかしら」
負けじと今度はアスティンがクッキーを差し出してきた。
口を開くと、アスティンが食べさせてくれた。
なんだろう、凄く馬鹿なことをしている気がするけれど・・・嫌じゃないなんて。
「美味いか?」
「ええ、美味しいわ」「なあ、エリーゼ」
ふと距離が近くなり、私の肩を抱き寄せるアスティンの瞳には熱が孕んでいた。
「そろそろおまえを食べてもいいだろうか」
「・・・なにそれ」
今はお茶の時間なのに、困った人。
そんなあなたのことが好きだから、私からそっと了承の口付けを贈る。
「・・・っ」
待ちきれないといわんばかりに口付けが深くなる。
ソファに私を押し倒すと、アスティンは嬉しそうに目を細めた。
アスティンといつも一緒にいるおばけが気を使って部屋から退散したのを確認してから私は強く彼を抱き締めた。