入浴を済ませ、鏡の前で身支度をしている。
セラスに髪をきってもらってからどれくらい経っただろうか。
思い切って切ってもらった髪が、肩にかかるくらいには伸びてきていた。
「ご主人様、今夜は冷えますよ」
寝室へ戻るとセラスが温かい飲み物を用意して待っていてくれた。
ずかずかと近づき、セラスの頭を軽く叩く。
「ご主人様、じゃないでしょ?」
「・・・っ!」
「セラス」
「アリシア・・・」
「うん、よろしい」
名前を呼ぶように強請ったあの日から根気よくセラスに言い続けている。
ご主人様ではなく、アリシアと呼ぶように。
今までずっとご主人様と呼んでいたし、主を名前で呼ぶなんて・・・という気持ちと、
私を誰かに奪われたくないという気持ちがせめぎ合う。
何度も正して、私を呼ばせる。
「ねえ、セラス」
セラスが用意してくれていたのはホットミルクだ。
良く寝付けるように、ということだろうか。
セラスはホットミルクには砂糖ではなくて、蜂蜜を垂らす。
乳白色に落ちていく金色の蜜は凄く綺麗で、幼い頃セラスにせがんではその様を見せてもらったことを思い出す。
「今日は冷えるんでしょ?」
「ええ、そうですね」
ホットミルクをもう一口飲む。
それから立ったままのセラスを呼ぶように私の横を軽く叩いた。
「ご・・・アリシア」
「・・・なあに?」
今、ご主人様って言いそうになったのをぐっと堪えたから許してあげる。
にっこりと笑うと、誤魔化すようにへらっとセラスも笑った。
求められるがまま、セラスは私の隣に座った。
甘えるようにセラスにもたれかかって、彼を上目遣いに見つめる。それに応えるようにセラスが唇を重ねる。
最近では、私に許可を求めることが少なくなった。
それは私が望んだ展開。
下唇を軽く噛むと、するりと舌が入ってくる。
私の手にあったカップをセラスがそっと奪い、テーブルに置く。
深くなる口付けに、私はセラスを求めるように彼の首に両腕を回した。
「アリシア」
そのまま私を押し倒してきたセラスの瞳はあっという間に熱を孕む。
私の恋しい人。
名前を呼ばれるだけで胸が震えるなんて、知らなかったもの。
「もっと呼んで、セラス」
「アリシア」
「もっと」
耳元で何度も何度も呼ばせる。
こうして触れ合うことも凄く嬉しいけれど、名前を呼ばれるのは特別だ
「セラス、セラス」
だから私もしつこくセラスを呼ぶ。
だってセラスも私が名前を呼ぶと嬉しそうに笑うから。
◆
「ん・・・」
「起こしてしまいましたか?」
目を覚ますと、隣にはセラスがいた。
私の頬にかかる髪をそっと払うと、その手は頬から顎へと移動していく。
「寝てなかったの?」
「ええ、まあ」
「私が一緒に寝てるのに、寂しくて眠れなかったの?」
セラスの触れ方に妙にドキドキしてしまい、誤魔化すように言葉を紡ぐ。
「ちがいますっ!!ご主人様の寝顔が可愛かったのでついつい見ていたんです!」
「・・・っ」
不意打ち。
セラスに褒められることは多々あるし、正直聞き飽きているといってもおかしくない。
だけど、こういう状況ではわけが違う。
「あんた・・・またご主人様って言ったわね」
「あ、アリシア・・・!」
「もう・・・しょうがないんだから」
私に触れていた手を掴んで、そのまま指を絡める。
「セラス、おやすみのキスをして」
セラスに身体を密着させて、強請る。
「おやすみなさい、アリシア」
優しいキスと共に私の望む言葉が落ちてきた。