授業も終わり、帰ろうとしているところを終夜に捕まった。
終夜はいつも突拍子もないことをして私を驚かせるし、楽しませもしてくれる。
だけど今日は何をするのか聞いても楽しそうに笑うだけで何も応えてはくれなかった。
「・・・ここで待っていろって言われたけれど」
連れて行かれた先は談話室だった。
昼休みになると多くの生徒で埋まるので、私はいつも近寄らないようにしていた。
放課後になると、そこまで多い人ではないけれどまばらに人はいる。
そこに終夜は私を置いて、待っていろ!ととってもいい笑顔で去っていった。
どのくらい待てばいいのだろうか。
時計の針が、終夜が出て行ってから10分は過ぎたことを伝えている。
30分経っても戻ってこなかったら帰ろう。
そう思い、鞄に入れていた読みかけの本を取り出した。読書に熱中していると、廊下が騒がしくなる気配を感じた。
『だから終夜!!おまえ、何したいんだよ!』
『ふむ、寅之助。やはりかるしうむが足りておらんな。
今度、びたみん剤を買ってきてやろう』
『馬鹿か、お前。カルシウム足りてないのになんでビタミンなんだよ』
勢いよく扉が開くと、談話室でわいわいと話していた生徒たちは固まった。
不機嫌を隠そうとしない寅之助は、おそらく彼と近しい者じゃない限り恐ろしいだろう
「待たせたな、撫子」
まるで猛獣を檻のなかに放り込んだかのように、トラが現れると談話室にいた生徒はそろそろと帰る支度を始めた。
失礼な人たち・・・と思うけど、彼らがいなくなってくれた方が私も話しやすいと思ったから注意はしない。
「おい終夜、てめぇどういうことだ?」
「撫子が最近寅之助と話が出来なくて寂しいといっていただろう。
今日は存分に語らうがいい!」
「え、終夜!」
私たちの言葉を全て無視し、終夜は扉を閉めた。
談話室には私とトラだけ。
「・・・おい」
「なに?」
「こんなところで何してたんだ」
「終夜に突然連れてこられたのよ」
「あ、そ」
自分から聞いたくせに私の言葉なんて全然聞いていないようだ。
私が座っているテーブル・・・私の前の椅子に座ると突っ伏した。
そして伺うように私を上目遣いに見やる。
「・・・なんか用あったのか」
「今日は特にないわ」
だから終夜に付き合ったのだ。
用事があったらおそらく帰っていただろう。
「じゃなくて、俺に」
「トラに?特に用事はないわ」
「・・・あそ」
「でも会いたかったのは確かよ」
休み時間にトラを探しにいっても見つけられないことが増えた。
いつもの場所にいないとき、私は彼を捕らえることが出来ないんだな、と少し寂しくなる。
だからちょっとだけトラも寂しい思いをすれば良いのに、と思っていた。
だから今週はあまりトラを探しにいかなかった。
「ふーん。たまには可愛いこといえるんだな」
視線を逸らして、呟く。
心なしか耳が赤い。
珍しくトラが照れてることに気付いて、嬉しくなる。
会いたいのを我慢した甲斐があったかもしれない。
「ふふ」
「んだよ」
「ううん、なんでもないわ」
「お前ってよくわかんねー」
「あら、トラがそういう事言うの?」
いつも通りのやりとり。
そんなに日が空いたわけじゃないのに、久しぶりのトラとのやりとりに心が騒ぐ。
終夜が作ってくれたこの時間を大事にしよう。
そう思いながらトラに笑いかけた。