船は定期的に地上に降りる。
昨日から諸々の用事を片付けるために3日間の自由時間がだ。
だから昨日はこはるさんと買い物に出かけ、今日もゆっくり過ごそうと約束していた。
「千里くん!ごめんなさい!七海ちゃんと約束していたことがあって・・・」
朝、こはるさんが不知火さんの顔を見るなり思い出したらしく慌てていた。
昨日は一緒に過ごせたし、今日一日会えないとかいうわけではない。
こはるさんの両手をそっと握ると、笑いかける。
「そんなに申し訳なさそうな顔・・・しないでください。
僕は大丈夫だから」
「・・・ありがとうございます、千里くん」
朝食を食べて、なんとなくぶらぶらしていると外から雨音がすることに気づいた。
その音に誘われるように船から下りると、雨がざあざあと降っていた。
最初は雨に当たらないように船の乗り口に腰を下ろしていた。
(・・・雨、か)
昔から雨は好きだ。
住んでいた場所ではなかなか雨が降らなかったし、雨が降るとみんな喜んだ。
幼いながらに周囲のそういう空気はわかったし、雨が降らないと自分の能力を使わざるを得なくなったことも同時に思い出す。
この能力は、誰かのためにあるというのならそれはきっとこはるさんのためにある。
彼女の手を握るため、彼女の体を抱きしめるために僕の能力はあるんだと今は信じている。少し雨脚が弱まってきた。
僕は立ち上がり、雨の降る地面を踏みしめた。
まるでシャワーのように体を打つ雨粒。
それが心地よくて、空を仰いだ。
雨のなかにいると、まるで世界にたった一人みたいだ。
そんなことを考えていると、遠くから僕を呼ぶ声がした。
「千里くん!」
「こはるさん?」
振り返ると、こはるさんがいた。
朝とは違う意味で少し慌てて僕のもとへ駆け寄ってくる。
「雨にあたってると風邪ひいちゃいます!」
「少しだけなら大丈夫です。
それに・・・気持ちよいから」
「千里くんは本当に水が好きですね」
雨に打たれる僕の隣に彼女が立つ。
そっと僕の右手に、彼女の左手が触れた。
「こはるさん、風邪ひいちゃいますよ」
「私も、水好きなんです」
こはるさんの顔が見たくて、隣を見るとやさしい顔をして僕を見つめていた。
こはるさんがいるだけで、世界がやさしく見えた。
「七海ちゃんとクッキー作ったんです!
一緒に食べませんか?」
「それを作るための約束だったんですか?」
「はい、実はそうなんです!七海ちゃん、暁人くんにプレゼントしたいって言っていたので!
それに私も千里くんに食べてもらいたいなって」
「・・・こはるさん」
手をつないだまま船のなかに戻る。
その後、濡れ鼠をみて物凄い勢いで怒るのは予想通りのあの人だ。