世界のすべて(朔深)

幼い頃、忍び込んでは遊びに来てくれる彼女に会うことがとても楽しみだった。
あの頃の僕にとって、それが世界の全てだといっても過言ではなかった。
深琴が全てだった。
深琴を守って死ねるのなら、それで構わないと・・・誇りにさえ思っていた。

 

 

 

 

 

 

食堂で突っ伏して眠っている深琴をみつけた時はなんて無防備なんだと腹立たしくも思ったが幸い誰もいなかった。
暗くなった食堂で、窓から差し込む明かりに照らされる深琴が綺麗すぎた。
思わず掴んだ肩に、不自然な力が入ってしまった。
声はできるだけ優しく・・・深琴の名前を呼ぶ。

「深琴、深琴・・・」

「・・・さくや?」

「こんなところで寝ていたら風邪ひくよ」

まだはっきりと意識は覚醒していないであろう瞳で僕をみつめる。
昔は僕ばかり映していた瞳に、今多くの存在が映る。
幼い頃だっていろんな人を見ていただろうが、深琴はそれを個人としては認識していなかっただろう。
でも、今この箱舟の中にいる存在は全て守るべき対象だし、個人として慕ったり嫌ったりしている。
深琴が誰かに向ける感情全てが僕のものだったらいいのに。
僕は深琴以外に、一ミリも感情を向けるつもりがない。
だっていつだって僕の全ては深琴だから。

「ん・・・ありがとう」

まだ眠たそうに目元をこするので、彼女の手をそっと取る。

「目、痛くなっちゃうよ」

「そんな事ないわ」

「いいから」

ほら、言ったとおり目元が少し赤くなってる。
顔を寄せると、驚いて後ろに逃げようとする深琴の背に空いてる手を移動させて固定する。
目元に舌を這わせると、身体が強張った。

「・・・っ!ちょっと!!何するのよ!」

拘束を振りほどくように深琴が腕のなかで暴れるから彼女の手を離して両腕できつく抱き締めた。
この腕のなかにいつまでもいればいいのに。
喜んでくれるわけがないって分かっているし、嫌がることも充分分かっている。
だって深琴にとっては僕は守るべき対象であって、抱擁を許す対象じゃない。
じゃあ、なんで僕は深琴の傍にいるんだろうか。
この気持ちは敬愛だけじゃない。
深琴を腕の中に閉じ込めて、誰にも渡したくない。
誰の目にも触れない世界で、ふたりきりで生きていければ・・・
もしくは・・・

「ごめん、深琴・・・ねぼけてたみたい」

腕の拘束を緩めて、深琴に笑みを向ける。
どこかほっとしたように、深琴は息をもらす。
が、すぐさま不機嫌な顔をつくって顔をそむけた。

「もう・・・仕方ないんだから。朔也は」

「ごめんね、深琴」

「・・・私だから良かったものの、もし七海やこはるにしてたら危ないんだから」

「うん、そうだね」

深琴以外の人間には触れようとも思わないんだけどね。
深琴だから良いのに。
世界には、僕と深琴しかいないみたいな静けさで。
薄明かりのなか、このまま僕と深琴だけになってしまえばいいのになんていつも願うことを改めて願った。

 

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