空を見上げることが好きだ。
どこまでも青く広がる空は世界の広さを表しているように見えるし、雲はそんな空に浮かぶ舟のように見えるから。
ひとりだった頃の私は何度も何度も空を見上げた。
海も空みたいに青いと聞いたことがあるけれど、どこにも行くことが許されない私はただ空を見上げた。
◇
「わあー!!千里くん!凄いです!真っ青です!」
「こはるさん、落ち着いてください」
「はい!」
私の手を強く握ってくれている千里くんに満面の笑みで頷く。
けれど、嬉しくて視線はすぐ目の前に広がる海へと戻る。数日、舟を止めての休憩で立ち寄った街でのこと。
「なんだか不思議な香りがしますね、この街」
「ああ、それは海が近いからだよ」
食料を買っていると、優しそうなおばあさんが教えてくれた。
「うみ・・・ですか?」
「お嬢さん、海を見たことがないのかい?
ここからずーっと行ったところに海があるから行ってみると良いよ」
「ありがとうございます!」
受け取った食料品を手に千里くんの元へ急いで戻って、海が近くにあることを伝えた。
すると、荷物を置いてから行ってみようと千里くんが誘ってくれた。
「ふふ、凄いですね!」
「波打ち際、歩きますか?」
「はい!」
靴を脱ぐと、繋いでいない手にそれぞれ持つ。
おそるおそる海へ足を入れると、飲み込むように砂へ足が埋まっていく。
「千里くん!すごいです!」
「気持ち良いですか?」
「はい!ちょっとだけくすぐったいけど、気持ち良いです!
千里くんは気持ち良いですか?」
「僕も久しぶりに海に触れたんですけど、気持ち良いです」
寄せては返す波に都度、驚いてはしゃぐ私の手を千里くんはただぎゅっと握ってくれた。
「千里くん、もし良かったら今度海で泳ぎを教えてくれませんか?」
「え?」
「舟のなかで一緒に泳ぐことはなかなか出来ないですけど、こんなに広い場所なら一緒に泳げると思うんです!」
「・・・でもここだと水着になるってことはこはるさんの水着姿を不特定多数の人に見られてしまう恐れもあるから」
「え?」
「こはるさん、僕はこうやって手を繋いで歩くことが嬉しいです」
「私も嬉しいです!」
「だから泳ぐことはまた今度考えましょう?」
「・・・千里くんは私が泳げないと思っているから一緒に泳いでくれないんですか?」
「そんな事は・・・」
「それなら今度一緒に泳いでください」
じっと見つめると、千里くんは観念したように首を小さく縦に振った。
「こはるさんはもう少しだけ僕の心配に気付いても良いと思いますけど・・・
でも、あなたが喜ぶなら・・・泳ぎましょう」
「はい!ふふ、その時が楽しみです」
足をくすぐる波に視線を落とし、それから空を仰いだ。
「千里くんと見る世界は、とってもキラキラしています」
「何か言いましたか?」
私が呟いた声が聞こえなかったらしく、不思議そうに私を見つめる千里くん。
「千里くんのことが、大好きだって言いました」
赤くなった彼に、幸せだと伝えるように私も強く手を握った。