弱音(夏深)

朝起きた時から身体がだるいとは思っていた。
けれど、最近忙しかったから疲れがたまっているんだろうくらいにしか思っていなかった。

「具合はどうだ?深琴」

「夏彦・・・ごめんなさい、心配かけて」

朝ごはんの支度をしているときにそのまま倒れてしまった。
大きな音を聞きつけて、夏彦が私のもとへ飛んできてくれたらしくすぐ身体を持ち上げられてベッドに寝かされた。
夏彦のご飯の支度さえ終わっていなかったのに、申し訳なくて涙が滲む

「お前のことを心配するのは当然だろう。
それくらい・・・させてくれ」

私の目尻を指でそっと拭うと、もう片方の手で頭を優しくなでてくれた。

「少し眠れ。ついててやるから」

「うん・・・ありがとう、夏彦」

頭を撫でていた手が移動し、私の左手をきゅっと握ってくれる。
そのぬくもりに安心して、私は目蓋を閉じた。

 

 

 

どれくらい時間が経ったんだろうか。
何度かまばたきをすると、手にあった夏彦のぬくもりは消えていた。
それに少し寂しさを感じながらもぼんやりと天井を見つめた。

「ぴーぴぴ?」

「え?」

声のする方に顔を向けると白いひよこがどこか心配げな表情で私を見つめているように見えた。

「ぴーぴぴ?(具合はもう大丈夫そうですか?)」

「ええ、大丈夫みたい。あなたも心配してくれたのね、ありがとう」

手を伸ばして、ひよこをなでる。
そんな私に安心したのか、ひよこが言葉を続ける。

「ぴぴぴーぴぴ(夏彦さんが心配していましたよ。あなたが体調崩すことになってしまって)」

「夏彦が・・・、私と一緒にいるためにも頑張ってくれているんだから私も頑張らないとって思っていたの。
昔から甘えるのとか、人に頼るのが得意じゃなくて。
限界が来てもまだ私なら出来るし、そうやって乗り越えてきたんだけどね」

私にしか出来ないことだから。
人を守る事は、私だけにしか出来ない。
そう思って私はただひたすら走ってきた。
その役目から解放されて、私は頑張る夏彦の隣にいる事しか出来なくなった。
少しでも夏彦を支えたいと思うあまり、こんな結果になってしまうなら意味がないのに。

「ぴぴ・・・(深琴さん・・・)」

「夏彦に愛想尽かされちゃうかな」

体調を崩すと、人はネガティブ思考になってしまうものなんだろうか。
黒いインクをぽたり、と垂らしたみたいに広がる不快な想い。
私、何をしてるんだろう・・・

ぼんやりと考えていると、部屋のドアが開いた。

「深琴、おきたか?」

「夏彦・・・ええ、もう大丈夫よ」

「まだ顔色が悪い。無理をするな。
少し腹にものをいれろ」

そう言って夏彦は盛ってきたお盆をテーブルの上に置くと、私の身体を起こしてくれた。

「・・・夏彦?」

「ん?」

「あの・・・それ」

夏彦が用意してくれたおかゆは煮えたぎっているのか、火からおろして幾分か時間が経っているにも関わらずグツグツと大きな音を立てていた。

「気持ちは嬉しいんだけど・・・もう少ししたらいただくわ」

「・・・そうか」

さすがに煮えたぎったおかゆを食べる根性は残っていなかった。
少し悲しそうな夏彦に申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになる。

「夏彦・・・」

「深琴、」

何かを言おうとして、口を開いたのに何も言えない私を夏彦は優しく抱き締めた。

「お前のペースでいい。
お前がそういう女だってこと、分かっているから。
何もいえなくても、俺の手を握ればいい」

いつもより優しい声色で、夏彦がそんな事を言うから。
迂闊にも、涙が零れ落ちた。
私がこの人の弱さを愛したように、この人も私の弱さを愛してくれているんだ、と今更気付いた。

 

 

 

 

 

ひとしきり泣いた後、ようやく食べられるようになったおかゆをいただいていた。

「でも夏彦」

「ん?」

「どうして私が悩んでいること、分かったの?」

「・・・」

曖昧に笑う夏彦に私は首をかしげるだけだった。

 

 

 

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