「こはる、髪になにかついてるぞ」
手を伸ばして、こはるの髪に触れる。
少し触れただけなのに、その髪はさわり心地がよくて驚いてしまう。
「ありがとうございます、正宗さん」
「あ、ああ」
髪についていた糸くずを払ってやると、こはるがぺこりと頭を下げて深琴たちの元へ駆けていくのをぼんやりと眺めていた。
「正宗、どうかした?」
「いや・・・」
いつまでも眺めている俺を不思議に思ったのか、駆が俺と同じようにこはるがいた場所へ視線を遣る。
「こはるは、女の子なんだな」
「・・・正宗、その言い方おやじくさい」
「なっ!!」
ただふと思ってしまった。
見た目を見れば分かるのに。
彼女がか弱い少女だということ。
何ももたない彼女が、一生懸命留める様々な言葉を。
触れた一部が、おそろしく繊細だということを。
◇
「正宗さん、起きてください」
「ん・・・」
朝、こはるに肩を揺すられてようやく目を開けた。
視界にいるこはるに手を伸ばし、そのまま抱き寄せる。
「きゃっ!正宗さんっ」
「もう少しだけ、いいだろ・・・?」
空いてる手でこはるの後頭部を優しく撫でる。
羞恥で頬を赤らめるこはるの顔を見て、満足げに微笑む。
「・・・図書館に行くの遅くなっちゃいます」
「あと五分だけ・・・駄目か?」
「五分だけですよ」
甘えるようにこはるの胸元へ顔を埋めると、こはるは優しく俺を抱き締め返してくれた。
触れることをためらった少女は今、俺にとってかけがえのない存在になった。
この子のためなら何もかも捨てても構わないと思わせてくれた。
何も持たなかった少女の、何かになりたいと強く願ったのだ。
「こはる、好きだよ」
「私も正宗さんのこと、大好きです」
なんでもないある日の朝、俺たちはただ幸せをかみ締めた。