変わらないもの(ヴィルラン)

風が少し冷たくなってきた。
ぶるりと身を震わすと、隣に座っていたヴィルヘルムに肩を抱かれる。

「こないだまで暑かったと思ったんだけどなぁ」
「そうだね、もうこの時間になると風が冷たいね」

日曜日。
こうしてヴィルヘルムと森で過ごすことが日課になっていた。
隣にいることが当たり前になった彼をちらりと見ると、ヴィルヘルムは穏やかな表情をしていた。
初めて会った頃は手負いの獣のように誰も信用出来ないと啖呵をきっていた思い出す。
そんな彼が、今はこうして冷たくなった風から私を守るように抱き寄せてくれる。
ヴィルヘルムとずっと一緒にいたい、と強く願うようになっている自分に気付いていた。
彼と離れる未来は私にはないし、おそらく彼もそうだろう。

「ねぇ、ヴィルヘルム」
「ん?」
「ユリアナの話、聞いた?」
「いや、なんにも」
「・・・卒業したら結婚するんだって」
「へぇ」

彼のその反応は予想していた通りだったが、結婚というものにぴんと来ないのだろう。
仕方がないことなのかもしれない。
いつだったか、男の人は結婚というものをリアルに想像できないと聞いたことがある。
それにヴィルヘルムには家庭というものが想像できないのかもしれない。
そう思いつつも、気付けばため息が出ていた。

「どうした?」
「ううん、なんでもない」
「なんでもないんならため息つかないだろう」

心配そうに私をみつめる瞳に誘導されるように、気付けば私はぽつりぽつりと言葉を紡いでいた。

「ヴィルヘルムは結婚を考えたこと、ある?」
「ないな。結婚する意味がわかんねぇ」
「・・・っ!」

肩を抱く手が嬉しいはずなのに、苦しい。
彼は自分が言った言葉がどれだけ私を傷つけたか、分からないだろう。

「私はヴィルヘルムといつか・・・そうなりたいって思ってるのに」

搾り出した声が震えていることに気付かないヴィルヘルム。

「今のままでいいだろ。なんでわざわざ結婚するんだ?」
「・・・っ」

ヴィルヘルムはまるで今日の食事の相談をしているような口ぶりだ。
そんな彼になんて言えば私の気持ちが伝わるのか、分からなかった。
肩にあった手を振り払い、私は立ち上がる。
驚いたようにぽかんと私を見上げる彼が、今は憎たらしい。

「私は、ヴィルヘルムとずっと一緒にいたいから結婚したいって・・・」
「だからずっと一緒にいればいいじゃねえか。
そこにどうして結婚が絡んでくるんだよ」

本気で分からない、と彼は苛立ったように髪をかきあげた。
その動作をみたとき、私のなかでぷつりと何かが切れた音がした。
私は自分で言うのもなんだけど、あまり怒るタイプじゃないと思っていた。
だけど、今頭に血が昇っている。

「ヴィルヘルムの馬鹿!」

そう叫ぶと私は彼を残して走り出していた。
全速力で走って息が苦しい。
しばらく走ったところで、私はようやく立ち止まった。

「・・・追いかけてもくれないのね」

自分から逃げ出したくせに私はぽつりと呟いていた。
気付けば頬が涙で濡れていた。

 

 

 

 

 

 (なんで怒られたか意味がわかんねえ)

先日の森での出来事。
あれ以来、ランはろくに口を利いてくれない。
気付けばこないだのあいつのようにため息をついていた。

「なあ、ヴィルヘルム!」
「ん?」

マルクに稽古をつけてやることが習慣となってどれくらい経っただろうか。

「お姉ちゃんと喧嘩でもしたの?」
「なっ・・・。ランがなんか言ってたのか?」
「ううん、ヴィルヘルムの顔に書いてある」

「・・・くそ」

思わず舌打ちをする。
そんなに俺が分かりやすいと言いたいのか。
苛立ちを誤魔化すようにマルクを横目で見たその時、俺は違和感を感じた。

「お前、背ぇ伸びたか?」

「ふっふーん!気付いた?ヴィルヘルムを越す日も遠くないよ、きっと!」

「馬鹿言うな、お前になんてまだまだ抜かされないぞ」

マルクの額を軽く叩くと、マルクは不満げに俺を見上げる。
そうか、背・・・伸びたのか。

「ヴィルヘルム、お姉ちゃんと仲直りしないと他の人にとられちゃうんじゃないの?」
「なに言ってんだよ。そんなわけ・・・」
「だってソロンだってコレットと付き合い始めたんだよ?
他の人だって彼女欲しいに決まってるよ!
お姉ちゃん可愛いし!」

「・・・っ!うるせえ!あいつは俺の女だ!」

少しでも伸びた身長が縮むようにぐりぐりとマルクの頭を押してやった。

 

 

 

 

変わることが怖い。
今日一緒に戦場で戦った奴が、明日は俺に剣を向けていることだってあった。
だから誰も信用しない。
裏切られた、と思うのは自分がそいつを信用していたからだ。
俺は死にたくない。ただ、死にたくなかった。
そうして魔剣になってからも、人の欲望というものを嫌というほど見てきた。
魔剣の影響で変わっていく人間を見ていた俺は、『変わる』ということが怖くなった。
俺は変われないのに、どうして周囲は変わっていくんだろう。
それが怖かった。
俺も自分が気付かないうちに変わっていくんだろうか。
・・・狂っていくんだろうか、分からない

 

 

ぼんやりとした気持ちでニルヴァーナに戻ると、門のところでしゃがみこんでいる人影があった。

「ラン・・・」
「ヴィルヘルム」

俺に気付くと、ランは立ち上がった。
その瞳は、何を考えているか分からないが真剣だった。

「私と手合わせして欲しいの」
「・・・はぁ?」
「勝負して、ヴィルヘルム」

冗談と笑い飛ばすには、ランの瞳があまりにも真剣だった。
俺は静かに頷いた。

 

 

鍛錬場へ移動すると、そこにはエリアスが待ち構えていた。

「エリアス教官、すいません」
「いや、構わないよ」

ランは申し訳なさそうにエリアスに頭を下げる。
にこりと笑ってそれに応えるエリアスを見て、なんだか面白くない気持ちになる。
軽い鍛錬だが、念のためランは防具をつける。
ハンデは必要だろう。俺はいつもの格好のままだ。
そんな俺を見て、ランは不服そうに口を開いた。

「ヴィルヘルムも防具つけて」
「俺は大丈夫だろ」
「・・・それは何があっても私に傷一つつけられない自信があるってこと?」
「悪かったよ、つける」

決してそういう意味で防具がいらないと言ったわけではないのに、今日のランは厳しい。
気付かれないように息を吐いてから、防具を身にまとい、剣をとる。
定位置につき、向かい合った。

「はじめっ!」

エリアスの声が響くと同時にランが地面を蹴った。
一気に間合いがつまり、ランの剣が俺に向かう。
それを受け流し、一歩下がるがランは構わずに追撃してくる。
剣を受け流すだけでも、ランの手はしびれるだろう。
彼女の細腕には、俺の大剣を相手にするのは厳しいだろう。

「俺相手に正面から来るなんて潔すぎだ!」

はじめの合図と共に決着をつけるか、不意打ちを狙わないとランの実力では俺に勝てない。
分かっているだろうに、正攻法でいつまでも迫ってくるランを退けていく。

「私は!」

俺の横へ飛ぶとその勢いで剣を振り下ろす。
それを受け止め、ランの剣を吹き飛ばそうとなぎ払う。
が、ランは剣を手放さなかった。

「あなたと一緒にいたいから強くなるって決めたの!」

ぎゅ、と柄を握りなおすともう一度剣を振りかざす。

「ヴィルヘルムが変わりたくないって思ってることも分かってる!
だけど、それでも私はあなたと変わっていきたいって思うから!」

泣き出す寸前みたいな顔をして怒られたのはついこないだの事だ。
今のこいつの表情はまるで違う。
それに気をとられたのか、ランの一撃は俺の剣を吹き飛ばした。

「・・・っ!」
「勝負あり!」

エリアスの声が響いた。

「はは・・・マジかよ」
「・・・」

ユリアナが結婚をする。
マルクの身長が伸びた。
ソロンとコレットが付き合い始めた。
ランは・・・強くなった。
なんだよ、みんな変わっていくんじゃないか。
俺だってそうだ。
女なんてなんとも思っていなかったのに、俺は今目の前にいるこの女を誰よりも綺麗だと思ってる。

「俺の負けだな」

髪をかきあげて笑う俺を、ランはじっと見つめていた。
その瞳には不安が覗いていることにようやく気付いた。
ああ、不安にさせていたんだな。

「さすがお前は俺が唯一惚れた女だ」
「・・・っ、ヴィルヘルム」

ランに手を伸ばして、きつく抱き締めた。
触れるのは数日ぶりなのに酷く懐かしい。

「悪かった、ラン」

ランの頭を優しく撫でる。

「・・・私も、ごめんなさい」

ランの手が俺の背中に回った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラン、聞いたよー!」

「え、何を?」

「ヴィルヘルムと勝負して勝ったんでしょ?」

「え、と。勝ったというか・・・」

鍛錬場には人がいなかったと思ったけど、もしかしたら見ていた人がいたのかもしれない。
ユリアナの言葉を誤魔化すように笑うと、肩を叩かれた。

「ラン、ちょっと良いか?」
「ヴィルヘルム・・・!うん、大丈夫。ごめんね、ユリアナ」

ユリアナに謝罪しつつも内心助かったと思ってしまった。
ヴィルヘルムはぎこちない表情をしながらも私の手を引いてくれた。
少しだけ周囲の目が気になるけど、私は大人しくヴィルヘルムについていった。
ついたのはルナリアの木の下だった。

「・・・どうしたの?こんなところに」
「お前が結婚したいって言った時、意味が分からなかった」

向かい合うとヴィルヘルムは突然そんな事を言い出した。

「それは・・・!」
「最後まで黙って聞いてくれ」

反論しようとすると、ヴィルヘルムがそう言うから私は黙るしかなかった。
彼は咳払いをし、言葉を続けた。

「一緒にいたいならずっとこのままでいいと思ってた。
俺もお前も変わらなければ・・・ずっと一緒にいれるだろうって思ってたんだ。
だけど、お前は強くなったし・・・初めて会った時はよく泣くし、口うるさい女だなって思ってたのに」

昔、と言うほど前のことではないのに、遠い昔のように思える。
ヴィルヘルムと出会って、初めは魔剣という存在に怯えたけれど。
私の目の前に現れた彼を放っておけなくて、追いかけている内に気付いたら私は恋に落ちていた。
ずっと一緒にいたい、と願うようになっていた。

「気付いたんだ。
お前のことを愛してるって」
「・・・っ」
「俺も、お前と一緒に変わっていきたいって思ってる。
だから、結婚してくれないか」

ズボンのポケットから小さな箱が出てくる。
ぱか、と音を立てて開いた。
そこには指輪があった。

「・・・」
「・・・おい、なんか言えよ」
「だって黙って聞いてろって」
「あー・・・もうしゃべっていいんだよ!」

嬉しさと恥ずかしさを誤魔化すように軽口を叩くと、ヴィルヘルムは恥ずかしそうに頬を赤らめた。

「・・・返事、聞いてもいいか」
「もちろん・・・」

返事なんて決まってる。
こらえきれなくなって、私はヴィルヘルムに飛びついた。

 

 

 

 

それから慌しく時は流れた。
支度を終え、ランの部屋にやってきた。

「どうだ、準備は出来た・・・」
「ヴィルヘルム!ノックしないと駄目でしょ!」
「ユリアナ、大丈夫だよ」

ドアを開けると、ランの支度を手伝っていたらしいユリアナに怒鳴られるがそんな事全く気にならない。
俺はランに釘付けになっていた。

「あ、じゃあ私は退散するね。それじゃあ後でね」
「うん、ありがとうユリアナ」

ぱたん、とドアが閉まりランが俺の傍に近づいてくる。

「ヴィルヘルム、どうかした?」
「・・・お前があんまりにも綺麗だから」

ぽろりと本音が零れるとランの顔は真っ赤になった。

「ヴィルヘルムも、すごい素敵だよ」

真っ白のドレスに包まれて微笑むランは本当に綺麗だ。

「さわっても、いいか」
「うん」

化粧とやらが取れないか心配しつつ、ランの頬にそっと触れた。
抱き締めたい衝動にかられるが、今はこれだけで我慢する。

「なんかさ」

「うん」

「幸せに触れてるみたいだ」

何度も何度も触れたはずのランの頬は、いつもと違うように感じられた。
それは今日が特別な日だからか、それとも・・・
ランは目を潤ませながら、優しく笑った。

 

 

 

教会の扉が重々しく開いた。
参列者の視線が、全て私に集中するけれど私には赤い絨毯の先の人物しか見えない。
一歩、踏み出すたびに彼との出会い、ニルヴァーナに来たときのことを思い出す。
初めて会った時は小さな男の子だった。態度は大きいし、話しかけても全然こたえてくれない。
だけど、ユリアナが笑って話しかけてくれたり、他のみんなも魔剣を持っている私、という存在からただのランという一人の人間を見てくれるようになった。
そして、彼に出会った。
見た目は違うのに小さいときと全然変わらなくて、態度は大きいし言うこと全然聞いてくれないし。
私がしっかりしなきゃ、と何度も自分に言い聞かせて周囲と馴染もうとしない彼の後を追った。
森で私を引き寄せてくれたとき、初めて彼の体温を知った。
サマルナのお祭りで一緒に見たランタンが凄く綺麗で、ヴィルヘルムとまた一緒に見たいと願った。
初めて彼の涙を見た時、守りたいと思った。
こんなに誰かを好きになるなんて想ってなかったよ、ヴィルヘルム。

ようやくヴィルヘルムの元へ到着すると、彼は私に手を差し伸べてくれた。
その手に自分の手を添える。
本当なら神父様が執り行ってくれるのだが、私たちを祝福したいといって、その役目をキオラ様が引き受けてくれた。

「新郎ヴィルヘルム、貴方は新婦ランが病めるときも、健やかなるときも愛を持って、生涯支えあう事を誓いますか?」
「誓います」

キオラ様の言葉にヴィルヘルムは力強く返事をしてくれた。
キオラ様は優しく微笑むと、私へ視線を移動させた。

「新婦ラン、あなたは新郎ヴィルヘルムが病めるときも、健やかなるときも愛を持って、生涯支えあう事を誓いますか?」
「誓います」

ヴィルヘルムに負けないように、私も力強く返事をした。

「それでは指輪の交換を」

私たちは向かい合い、ヴィルヘルムは私の左手を取り、そっと指輪をはめてくれる。
その手が、少し震えていることに気付いた。
ヴィルヘルムでも、緊張するんだななんて失礼なことを思ってしまった。
私も彼の左手に指輪をはめ終わると、キオラ様が再び口を開いた。

「それでは誓いの口付けを」

何度もキスをしたのに、人前でするのはやっぱり少し恥ずかしい。
ヴィルヘルムが私の顔にかかるヴェールを上げる。
控え室のときのように彼は私の頬にそっと触れた。

「ラン」

なんだろう、いつもより彼がかっこよく見えるのは見慣れない姿だからなのかな。
私のために着てくれたタキシードが、光で輝いて見えた。

「これから先二人で変わっていっても絶対変わらないことがある」
「なに?」

私がそう問うと、ヴィルヘルムは微笑んだ。
こんなに穏やかに微笑む彼を見たのは初めてで、熱いものがこみ上げてくる。

「俺の一番はお前だってこと」
「・・・うん」

彼の胸に手を添えて、少しだけ背伸びをした。

これから先、楽しいことだけじゃなくて、喧嘩もするだろうし、困難だってあるだろう。
だけど、そういうことをひっくるめて私は貴方と一緒に生きていきたい。

「大好きよ、ヴィルヘルム」

あなたに恋をして、あなたが愛してくれて、私はどうしようもなく幸せだ。

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illustrations by 檸檬様! Thanks!

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