ぼんやりと兄の後ろ姿を見つめる。
幼い頃は私の手をひいてくれていた彼の手には実験用のフラスコ。
会いにくると大体実験をしている。
私から見たらいつも同じことをしているように見えるけど、きっと違うのだろう。
「どうした?」
「え?」
「兄ちゃんが恋しくなったか?」
部屋に入ってから黙っている私を心配したのか、マイセンはちらりと私を見遣る。
「そんなわけないでしょ、馬鹿じゃないの」
「はは、厳しいなー」
笑いながらフラスコを振る兄から視線を逸らす。
従者探しを始めて大分経ったのに。
私はどうして、この人にばかり会いにきてしまうんだろう。
ここに来るまでなかなか会うことが出来なかった兄を恋しいと思っているのか。
分からない。
膝を抱えて、そこに額を押し付ける。
「アリシア」
マイセンの気配が動く。
記憶のなかより大きな手が私の頭に触れた。
私に触れるマイセンの手はいつだって優しくて・・・
そして、なんだか違うものが込められているんじゃないかと錯覚してしまうような手つきだ。
「・・・マイセンが、」
「ん?」
尋ね返す声。
小さい頃を思い出す。
マイセンは私のために手を握ってくれた最初の人。
いつだって私に寄り添っていたのはマイセンなのに。
いつからか、私から離れた。
憎たらしい人。
幼い私がどれだけ心細かったのか知ってるくせに。
「マイセンが兄じゃなかったら」
良かったのに・・・と言おうとした唇をかみ締めた。
兄じゃなかったら、マイセンのことをマイセンと呼ばなかったかもしれない。
それにマイセンは魔力を持たない私に見向きもしなかっただろう。
マイセンと私は、兄と妹だからこうして触れることが出来るんだ。
「・・・アリシア」
言葉が続かない。
何を言おうとしたのか、分からない。
「あんたが私の従者になればいいのに」
兄相手に何を言っているんだろう。
呆れたのか、マイセンは何も言ってくれない。
段々この空気がいたたまらなくなり、私はようやく顔を上げようとした、が-
マイセンが私の頭にそっと口付けた。
「・・・あんまり可愛い事言うなよ」
驚いて顔をあげるとマイセンが真剣な表情で私を見つめていた。
瞳には、私が映っている。
「なんて顔してんのよ」
頭に置かれていた手はゆるりと頬を撫でて離れた。
「従者探し、頑張れよ」
「・・・うん」
少しだけ困ったように微笑むと、マイセンは私に背を向けて実験を再開した。
近づけたと思ってもすぐ離れてしまう。
離れたくないなんて小さな子どもみたいな我侭が口から出そうになるのを飲み込んだ。
「おやすみなさい、マイセン」
「ああ、おやすみ。アリシア」
手を伸ばせない。
幼い頃のように傍にいて、手を握って欲しいなんて言えるわけがない。
そもそも私が本当に願っているのはそんな事なのかさえ分からない。
実の兄を血以外のもので縛り付けたいなんてどうかしている。
マイセンの後ろ姿をもう一度見て、私は扉を閉じた。