※高校生の寅撫です
喧嘩をした。
それはいつもどおりと言えばいつもどおりだ。
ただ俺の言葉に撫子の瞳に涙が浮かんだのを見た時、がらにもなく動揺してしまった。
(・・・あの撫子が、)
喧嘩をやめられないのはいつものことだろう。
なんで今更そんな事で泣きそうになるんだ。
小学生の頃から知っているのだからもう慣れただろう。
それに俺の傍に撫子や終夜がいるようになってから自分から喧嘩を売るような真似はほとんどしなくなった。
別の高校に進んで、一緒にいる時間が昔より減った。
そんな時に今更言い募っても仕方がない事を言う意味が分からなかった。
携帯を取り出し、時間を確認する。
今日は会う約束をしているが、撫子は来るだろうか。
そんなことをぼんやりと考えながらいつもの道を歩いていた。
「そういえばこないだ彼氏と喧嘩したって言ってたじゃん。
それからどうなったの?」
「それがね、聞いてよ!
あの後、彼氏がプレゼントくれたの!なんでもない日なのに」
「えー、プレゼント?」
近くを歩く女たちの会話が嫌でも耳に入る。
しかも彼氏と喧嘩した話だとか、俺の心を呼んでいるんだろうか。
「そう!花束をくれたの!
わたし感動しちゃって、許しちゃったよー!」
「えー!花束くれるなんて素敵!!」
きゃぁ!と盛り上がる女たちの言葉に知らず知らず舌打ちをしていた。
ものでご機嫌取るってガキかっつーの。
それから早足で歩いて、距離を離す。
(あいつはそんなことで喜ぶような女じゃないだろ)
◇
トラと喧嘩をした。
それはいつもどおりと言えばいつもどおりなのだけど。
トラの言葉が悲しくて、泣きそうになってしまった。
そんな私に気づいたトラは小さく舌打ちをして、その場は終わった。
人を殴る拳はきっと痛いだろう。
トラにそんな想いを続けて欲しくなくて、いつも咎めてしまう。
昔より減った。
でも、今でもトラの拳が傷ついていることがたまにある。
それが悲しい。
今日は喧嘩をしないようにしよう、と心の中で誓いながらいつもの待ち合わせ場所へ行く。
トラはまだ来ていなくて、それに少しだけ安堵してしまう。
ただ、トラといたいだけなのにうまくいかない。
「おい、撫子」
名前を呼ばれて、顔をあげると目の前にはトラがいた。
眉間に皺を寄せて不機嫌そうなくせに、心なしか頬が赤くみえる。
「どうしたの、ト・・・」
言い終わる前に私の目の前には花束が差し出された。
小ぶりにまとめらているが、その花は私の名前と同じものだ。
「え・・・!?」
「いらねえのか」
「いる・・・いるわ!」
恥ずかしいんだろう。睨むように私を見つめるトラから花束を慌てて受け取った。
優しい香りがして、思わず笑みがこぼれた。
「ありがとう、トラ」
「・・・おう」
「でも、どうして?」
「理由なんてねーよ」
くるりと背中を向け、トラは歩き始めてしまう。
私はそれを慌てて追い、手をつなぐために彼の手をとった。
その手に新しい傷がないことに安堵する。
もしかしてこないだのことを気にして、花を買ってきてくれたんだろうか。
そう思うとじわじわと幸福感が私を満たしていく。
「ふふ」
「なんだよ」
「ううん、なんでもないわ」
「・・・ったく」
少しずつ私のために変わってくれるトラ。
私も彼のために少しずつでもいい、変わっていきたい。
そんな事を考えながらトラを見つめた。