誰も好きにならない、という約束は交わした頃にはもう破っていた。
僕はただ一人のひとを想い、彼女のために死ぬのなら構わない、と想っていたのに。
深琴の枷でいることが怖かった。
彼女と離れることが、本当はただ怖かったんだ。
死が二人を分かつまで・・・という言葉があるけれど、僕は死にも引き裂かれたくなかった。
「深琴、危ないよ」
「大丈夫よ、心配性なんだから」
目を離した隙に深琴は洗濯籠を持って移動していた。
慌てて駆け寄ると、深琴は優しく微笑んだ。
「だってもうすぐなんだから安静にしていないと」
「もうすぐだから!体を動かしていた方が良いんですって」
そういわれても心配なものは心配で、深琴の手から洗濯籠を取り上げる。
彼女のおなかは大きく膨れていて、予定日まではまだ日数があるとはいえどいつ生まれるか緊張するのだ。
「それじゃあ僕が運ぶから一緒に干そう」
「・・・ええ、おねがい」
籠を片手に持ち、もう片方の手は深琴と繋いだ。
ベランダまでの間、そうやって移動する。
深琴が妊娠したと分かった日から、気付けば手を繋ぐようになっていた。
恥ずかしい、と最初は抵抗していた深琴も次第に慣れて僕が繋ごうとしなくても自然と手を握るようになっていた。
低い位置に干す洗濯物を彼女に任せて、他の大きなものを手早く干していく。
「本当に朔也はなんでも出来るわね」
「そんな事ないよ」
「そうかしら」
「うん、深琴のほうが凄いよ」
「・・・あなたはいつもそうなんだから」
やはり大きなおなかでは身動きがとりづらいようで、僕の方が先に片付いたので深琴のほうを手伝う。
時折、おなかへ目をやってしまう。
くすり、と深琴が笑った。
「朔也っていっつもそうやっておなか見てるわね」
「・・・だって、僕と君の子供がそこにいるんだなぁって思うとさ」
「・・・そうね」
洗濯物を干し終えると、部屋に入る。
ソファに二人並んで座ると、深琴が僕の手を取っておなかへ触れさせた。
「もうすぐ会えるのよ」
「うん、そうだね」
深琴のおなかをゆっくりとなでる。
毎日、朝起きてからと寝る前に必ず撫でさせてもらうがこうやって深琴が自ら触れさせようとするのは珍しい。
深琴はすっかり母親の表情になっていた。
「深琴、ありがとう」
たまらなくなって、言葉を紡ぐ。
深琴は不思議そうに僕を見つめた。
「君が、僕に家族をくれることがどうしようもないくらい嬉しいんだ」
妊娠が分かった時、深琴の言葉を聞いて涙した。
深琴は最初笑っていたけれど、きつく抱き締めると僕につられて泣いた。
日に日に大きくなるおなかを見つめて、こんなに幸せでいいのか不安になった。
幼い頃、僕の命で一番大切な深琴を守れるんだと分かって嬉しかった。
命にかえても守る、というものが大きくて格好良いもののように思えていたから。
だけど、命というものがかけがえのないものだと僕たちの子どもが改めて教えてくれた。
僕と深琴を、繋いでくれた。
「もう・・・まだ生まれてないんだからありがとうは早いわ」
「そうだね・・・でも、僕は毎日深琴と、おなかの赤ちゃんに感謝してる」
「私も感謝してるわ。朔也と私のところに来てくれてありがとうって」
僕の手を深琴がそっと握った。
「早く会いたいね、僕たちの子どもに」
「ええ」
一人と一人だった僕たちが、
二人になって、
これから三人になる。
生きていて良かった、とこれから何度思うだろう。
その度に、僕は深琴と子どもをより深く愛するんだろう。
もう見えないはずの未来が、見えた気がした。