「沙弥先輩の髪ってサラサラしてますよねー」
学校帰り、沙弥先輩を誘ってお茶をする。
俺の目の前でケーキを嬉しそうに食べる彼女の髪に手を伸ばすと、滑らかさに感心した。
「そう?」
「女の子ーって感じで良いですよね」
沙弥先輩は儚げな印象がとても強いのに。
押せば倒れてくれるんじゃないかと思うのに、全然倒れてくれない。
そもそも俺の意図を全然汲んでくれないんだもの。
「ありがとう」
俺に褒められて嬉しそうに笑う。
紅茶を一口飲むと、俺もにんまり笑い返した。
「じゃあ、褒めたお返しに一口ください」
返事を待たず、口を開ける。
「・・・狐邑くんって私を困らせるの好きよね」
恥ずかしいのと、呆れたのが混ざったような複雑な表情をして一口分口に入れてくれた。
「うん、美味しいですねー」
「ふふ、でしょう?」
「でもあんまり食べ過ぎるとぶくぶく膨れちゃいますよ」
「・・・狐邑くんって意地悪」
「ええ?だって本当の事じゃないですか。
まあ、先輩は細いからまだまだ大丈夫ですけど」
あまっていたフォークを手に取り、ケーキを取る。
そして、沙弥先輩に差し出した。
「はい、先輩。お返しです。
あーんってしてください」
「・・・・でも」
「ほら、はやく」
ずいっと差し出せば、恥ずかしそうに頬を赤らめて口を開いた。
なんだろう、親鳥がひな鳥に餌を与えるみたいな気分。
そもそもこうやって口を開くのをじっと見るってあんまりないから・・・ちょっとだけいかがわしい気持ちになる。
「はい、あーん」
誤魔化すようにケーキを口に入れる。
「美味しいですか?先輩」
「・・・ええ、美味しいわ」
沙弥先輩との距離のとり方が凄く難しい。
先輩の傍にいたい、傍にいると決めたし、実際にそうしている。
彼女と過ごす時間はどれもかけがえのないものだ。
だけど、この人は警戒心が全然ないのだ。
普通、恋人が顔を近づけたらキスするんだって分かるだろう。
彼女はあんまり気付かない。
警戒して欲しいわけじゃないし、怖がらせたいわけじゃないから無防備さに付け入ることもしないけど。
お茶も終わり、沙弥先輩をマンションまで送る。
夕焼けが俺たちを照らしている。
「もうちょっと進展したいんだけどなー」
「どうかした?狐邑くん」
ため息交じりにぽつりと呟くと沙弥先輩は不思議そうな顔をした。
「いいえー、先輩のことが大好きだなーって言ったんです」
「・・・っ!私も大好きよ」
ほら、あっという間に良い雰囲気になるのに。
手を繋いでいるだけ進歩なのかな。
手を繋いで歩くのって縛られているみたいで苦手だったのに、今ではたまらなく愛おしいんだから。
「送ってくれてありがとう」
「いいえ、好きな女の子を送ることが出来るのは幸せなことなんですよ」
「・・・もう」
手を離して向き合う。
また明日、と言って別れるのがいつもだ。
「それじゃあ先輩」
「狐邑くん・・・」
離したはずの手をつかまれ、くいっと引き寄せられる。
背伸びをした彼女が、俺の頬に口付けた。
「-っ!!」
「その・・・元気なかったから。
おやすみなさい!」
顔を真っ赤にして、沙弥先輩は逃げるようにエントランスに駆け込んでいった。
「-ああ、もうなんだよ・・・」
突然そんな事されるなんて思ってなかった。
不意打ちは俺の得意分野のはずが・・・
恥ずかしくなって、俺はその場にしゃがみこんだ。
今、おそろしいくらい顔は赤いだろう。
「可愛すぎだって」
こんな可愛い彼女を前にして、俺の理性はあとどれくらい持つんだろうか。