授業終了のチャイムが鳴った。
昼休みはいつも鬼崎くんと屋上でお弁当を食べているから今日もそのつもりでお弁当を二つ取り出して、二人で移動しようとした時だった。
「鬼崎、ちょっといいか」
担任の先生に呼び止められると、舌打ちをした。
鬼崎くんはちらり、と私を見た。
「先に行っててくれ」
「うん、分かった」
「ああ、悪いな」
私の頭をくしゃり、となでると先生の下へと向かっていった。
「ねえ、藤森さん」
近くの席のクラスメイトが私にこそりと話しかけてきた。
「鬼崎くんとやっぱり付き合ってるんだよね?」
「え・・・えと、うん」
「そうなんだー!鬼崎くん、いっつも眉間にしわ寄せて不機嫌そうなのにさっきみたく藤森さんにだけは空気が違うもんね!」
きゃあっとはしゃがれて、一瞬たじろいてしまう。
鬼崎くんと付き合っていることは隠しているわけじゃないので聞かれれば付き合っていると答える。
でも、その度に私はそわそわする。
だって、みんなそう言うのだ。
私に対してだけ態度が違う、と。
それは私自身もちょっと分かっているので嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちがごちゃまぜになる。
それからいくつか会話を交わし、逃げるように屋上へ向かった。
まだ鬼崎くんはきていなかったので、いつもの場所に座ってようやく一息ついた。
「・・・鬼崎くん、はやく来ないかなぁ」
ぼんやりと空を見上げる。
彼を待つ時間は嫌いじゃない。
恋人になってから一緒に過ごす時間が増えた。
自分の気持ちをもてあますことも凄く多い。
たまに突然不機嫌になる彼の意図が分からず、泣きたい気持ちになる事もあるけど私たちなりの付き合い方が出来ているんじゃないかな、と思う
「悪い、待たせたな」
「ううん、大丈夫」
扉が開くと、鬼崎くんが息を切らして入ってきた。
多分私が待っているから急いで来てくれたんだろう。
お弁当を渡して、二人で並んで食べ始める。
「ん、今日の卵焼きいつもと違うな」
「分かる?今日は少しだしを変えてみたの」
以前、出し巻き卵が好きだと聞いてから私はお弁当の卵焼きは出し巻きにするようになった。
甘めの卵焼きも好きだといってくれるけど、鬼崎くんが食べてくれるんだから彼好みにしたかった。
「お前、いい嫁さんになるな」
「えっ・・・」
「あ、いや・・・」
ぽろりと言われた言葉にあっという間に赤くなった私を見て、鬼崎くんも赤くなる。
そこからうまく話せず、私たちはお弁当を食べることに専念した。
◆
「ねえ、鬼崎くん。今日は何食べたい?」
帰り道。
明日は休みだし、お互い一人暮らしなのもあって夕食を一緒に食べる事も多くなった。
二人でスーパーに寄って、買い物をしながら今日の献立の相談。
「んー、お前が作るものなんでもうまいからなぁ」
困った、というようにぽつりと呟く。
そう言ってもらえると作る側としてはとても嬉しい。
「あれー?沙弥ちゃんと鬼崎くんじゃない!」
「「!!」」
「ちょ、ねーちゃん!駄目だろ、邪魔しちゃ!」
「えー、だってせっかく会ったんだから声かけないと!」
理佳子さんと狛谷先輩も買い物に来ていたようで声をかけられた。
鬼崎くんをちらりと見ると、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
「こんにちは、おふたりとも」
「久しぶり、沙弥ちゃん」
理佳子さんは急がしいらしく最近全然会わなかった。
気軽に話せる女の人が少ない私にとっては、理佳子さんに会えた事が嬉しい。
微笑み返すと、理佳子さんは私と鬼崎くんを見てにっこりと笑った。
「そうしてると新婚さんみたいね!」
「なっ・・・!」
「理佳子さん・・・、そんな」
恥ずかしくて自分の頬が熱くなっていくのが分かる。
「いくぞ、沙弥」
「えっ、鬼崎くん・・・っ」
鬼崎くんも恥ずかしかったらしく、突然私の腕を掴むと二人から離れるように歩き始めた。
振り返って二人にぺこりとお辞儀をするとひらひらと手を振り返された。
「なんだか今日は意識する日なのかな・・・」
買い物も済ませ、台所で晩御飯の支度をしながら呟いていた。
今日はクラスメイトにも付き合っていることを聞かれ、いいお嫁さんになるって鬼崎くんに言われるし、理佳子さんには新婚に見えるって言われるし。
なんだか思い出すだけで熱い。
「何がだ?」
「その・・・鬼崎くんのことを好きだっていうことを・・・」
「・・・っ」
手持ち無沙汰だと言って、鬼崎くんは料理を手伝ってくれる。
一人暮らしをしているためか、彼の包丁裁きは手馴れていて初めて見た時は凄く驚いた。
「お前、そういう可愛いことは今言うな」
「え?」
「なんでもねぇ」
鬼崎くんといる時間は話をしていても、そうじゃなくても居心地が良い。
一人で過ごすこの部屋に好きな人がいるってとても幸せで、それだけで顔が緩んでしまう。
二人で作ったのは肉じゃがとお味噌汁、おひたし、秋刀魚の塩焼きといった和食だ。
鬼崎くんはどちらかと言えば和食が好きなようで自然とそうなっていく。
一人で食べるより、二人でご飯を食べるといつもより美味しく感じる。
食事の後片付けも済み、二人でのんびりとお茶をすする。
時刻はもう9時近い。
時計をちらりと見た鬼崎くんの服の裾を思わず掴んでいた。
「・・・っ、どうした?」
「もう帰るの?」
「ああ、あんまり遅くなるとお前も落ち着かないだろ」
「・・・鬼崎くんがいない方が落ち着かないわ」
勇気を振り絞って言った言葉。
恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
おずおずと彼の顔を見つめると、言葉を失っていた。
「・・・あー、あのよ・・・」
「うん」
「おまえ、いつまで俺を鬼崎くんって呼ぶんだ?」
「え?」
「俺はお前のこと、名前で呼んでる」
「うん、そうね」
沙弥って呼んでくれる事も嬉しいもの。
そしてようやく言いたいことが分かった。
鬼崎くんも私に名前で呼んで欲しいのだ、と。
「あ・・・え、と。刀真くん?」
「おう」
「もう帰っちゃうの?」
さっきの質問をもう一度ぶつける。
服の裾を掴んでいた手をそっと握られる。
恥ずかしくて顔を逸らしてしまいそうになるけど、私は彼の言葉をじっと待った。すると、強い力で抱き寄せられ、そのまま抱きすくめられた。
「・・・もし、俺がお前を離したくないって言ったら、どうする?」
以前も問われた言葉。
あの時も離れないといったはずだけど、耳元で囁かれたせいか心臓がドキドキして言葉が出てこない。
「・・・私も離れたくない」
ようやく口に出せた。
肩をつかまれ、引き離される。
視線がぶつかると、そのまま唇が重なった。
短いキスを繰り返して、その合間に漏れる彼の吐息にぞくぞくする。
「俺が言っている意味、こういう事だぞ?」
「・・・うん」
彼の背中に回していた手に力を入れる。
「離れないで、刀真くん」
それからもう一度、唇が重なった。
◆
「・・・・ん」
目が覚めると、自分を包むぬくもりに気付いた。
鬼崎くんが眠っていた。
「・・・っ!」
昨夜のことを思い出してしまい、顔が熱くなる。
気配で分かったのか、鬼崎くんが目を開けた。
「・・・はよ、沙弥」
「おはよう、鬼崎くん」
「なまえ」
「えと、刀真くん」
言い直すと、刀真くんは私を抱き寄せて額に口付けた。
「身体、大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
「そっか」
刀真くんの腕のなかは恥ずかしいけど、凄く安心する。
「刀真くん、好き」
「・・・っ、ああ、俺も好きだ」
見つめ合ってふたりで微笑んだ。
それからどちらからともなく、唇を重ねた。