「インピー、オーダー大丈夫?」
窯の前にいるインピーに声をかけると、汗をぬぐいながら彼は振り返った。
「うん、大丈夫だよ!」
「マルゲリータ1枚追加です」
「りょーかいっ」
季節は夏。
一日中、窯で作業をするインピーはとてもあついだろう。
私だったら溶けてしまうかもしれない。
私は料理を運んだり、食器を洗ったりと慌しく働く中、時折インピーの様子を見つめていた。
インピーはいつも楽しそうだった。
「インピー、お疲れ様」
「カルディアちゃんもお疲れ様」
ようやく長い一日が終わって、一息つく。
グラスを差し出すと、インピーは嬉しそうにそれを受け取った。
「喉渇いてたんだー!ありがと!」
ぐいっと一気に飲み干すと、インピーは目を輝かせた。
「うま!これレモン水?」
「うん、さっぱりするかなって」
「カルディアちゃんは良いお嫁さんになるね、きっと」
下心なんて何もない笑顔で言われて、私は思わず頬を赤らめた。
インピーは唐突に直球を投げてくるから恥ずかしい。
深い意味がないのかもしれないけれど、私はつい嬉しくなる。
「俺さ、世界一のピッツア職人になるのが夢なんだ」
「うん・・・」
いつもインピーは目を輝かせて夢を語る。
そんな彼に私は恋をしたんだ。
「世界一のピッツアを持って、月に行って、月にいるウサギに食べてもらうのが最終目標」
「・・・ん?」
「いや、最終目標じゃないな。ひとまずの目標。
月に行ったらもっと遠くに行ってみたくなるかもしれないしね」
そういえばインピーは月に行きたいってよく言っている。
おじいちゃんが月に行く研究をしていたとかだったはず。
「だからカルディアちゃん」
ふと、空気が変わる。
真剣な瞳で私を捉えた。
「俺のお嫁さんになって。一緒に月に行こう」
カラン、と氷がぶつかる音がした。
インピーのお嫁さん?
いつもの軽口かと思おうとしても、それを許してくれない瞳。
私をただ見つめる視線が本気だと言っている。
「・・・そうしたら、月で私がウサギ捕まえるね」
私の言葉を聞いて、インピーは嬉しそうに笑った。
そっと私の手を引き寄せると、手の甲に口付けを落とされた。
「約束だね」
「うん、約束」
月に行って、ウサギにピッツアを食べてもらう。
そんな子供みたいな夢、叶えられるかな。
「・・・夢?」
がばっと起き上がると、インピーが私の隣ですやすやと寝ていた。
夢のインピーはコックみたいな格好をしてピッツアを焼いていた。
いつものインピーなのか確かめるために肩を揺すって起こすと、インピーはぼんやりとした表情で私を見つめた。
「インピー、ピッツアたべたい」
「んー・・・朝からおもいね、それ・・・」
その通りだ、と思いながらもう一度横になって、インピーに寄り添うように目を閉じた。
不思議な夢だったけど、夢でもインピーに会えたからラッキーだったかも。