初めて見た頃は野生の狼、とイメージしてもらった方が良いだろう。
今はすっかり飼いなされた大型犬。
そんな風にユリアナに表現された時、私は苦笑していた。
「ん?なんだ」
「口の端におかずついてるよ」
おなかがすいているとき、器ごとかっ食らう為、ヴィルヘルムは子供のように口の端にごはんをつけることが良くある。
それをとってあげて、そのまま自分の口へ運ぶ。
「・・・あんたたちってすっかり夫婦みたいだよね」
その一連の流れを見ていたユリアナは呆れたように言い、アサカはにこにこと笑っていた。
「・・・っ」
意識してやっていたわけではないのだけど、他の人の前で今みたいなことをしてしまうのは恥ずかしい。
気付いた途端、羞恥で私の頬は熱くなる。
「ん?夫婦?」
「ヴィルヘルムは早く食べちゃって!」
誤魔化すように私は大きめのから揚げを口に放り込んだ。
ヴィルヘルムといると安心する。
多分、これが一番ふさわしい言葉かもしれない。楽しい、嬉しい、幸せ、苦しい、ドキドキする。
時にはそういう感情を孕むことはあるけれど、ヴィルヘルムに触れると安心する。
彼が触れてくれると安心する。
そんなある日の事。
模擬試合が終わった後、ヴィルヘルムを探していた。
今日のヴィルヘルムは調子が良くて、アベルとも本当に良い勝負だった。
まだ彼の本調子には戻ってないようでアベルに負けてしまうこともあるけれど、これなら次は勝てるかもしれない。
ようやく見つけたヴィルヘルムは疲れたのか、隅の方で壁にもたれかかっていた。
ギクリとしたのは彼の横に見知らぬ女性がいたから。
ニルヴァーナは圧倒的に男が多いけれど、私やユリアナのように女子生徒は存在する。
学年が違うので関わることはないが、その女子生徒の一人が親しげにヴィルヘルムに話しかけていた。
「ヴィルヘルムさんって凄い強いんだね、あのアベルくんを押しちゃうなんて」
「・・・」
先ほどの模擬試合を見ていたのか、ヴィルヘルムを褒めちぎっている。
ヴィルヘルムを褒められるのは嬉しいけど、なんだろう。
心の中がざわつく。
「ねぇ、良かったらこの後・・・」
そう言って、彼女がヴィルヘルムに触れようとした。
「・・・っ!」
彼を他の人に触れられたくない。
強く思ってしまった。
「さわんじゃねぇ」
低い声で相手を威圧する。
目を閉じて堪えていたのだろうか。
ヴィルヘルムが煩わしそうに彼女を一瞥した。
「俺に触れていいのはランだけだ
ごちゃごちゃうるせぇ」
「・・・!そんな言い方っ」
彼女はその後いくつかの言葉を投げるが、それら全てを一蹴した。
表情を崩した彼女は踵を返して去っていった。
ほっとして安堵のため息を漏らすとヴィルヘルムが私を見た。
「何泣きそうな顔してんだ?」
「泣きそうな顔なんて・・・してないよ」
知らなかった。
自分がこんなに独占欲が強いなんて。
ヴィルヘルムが他の人に触れられると思っただけでこんなに気持ちがざわつくなんて。
ヴィルヘルムの傍に行き、膝を突いて彼に抱きついた。
そのまま優しく頭を撫でられる。
「安心しろ、お前以外の女になんて興味ないから」
「それは信じてるけど・・・」
信じてるけど、ヴィルヘルムに寄って来る人がいるのを見るとやっぱり嫌みたい。
口ごもる私を見て、ヴィルヘルムは笑った。
額にそっと口付けられる。
「お前以外、俺に触んないから安心しろ」
そう言って今度は鼻先に口付ける。
「うん」
じゃれつくような口付けがくすぐったくて身をよじって気付いた。
他の生徒がまだ周辺にいたことを。
ユリアナが苦笑いをして、その後に言った。
「初めて見た頃は野生の狼、とイメージしてもらった方が良いだろう。
今はすっかり飼いなされた大型犬だね」
と。