いけない。
焦る気持ちを抱えながら道を駆け抜ける。
ヴィルヘルムとの約束の時間に遅れてしまいそうなのだ。
「おっと!」
「きゃっ」
勢い良くティファレトにぶつかってしまい、彼に抱きとめられる格好になった。
「ごめんなさい!」
「いや、構わないよ」
にっこりと笑うティファレトは私を抱きとめたまま私を解放してくれない。
「あの・・・離してほしいんだけど」
「え?」
その笑顔に押されて何もいえなくなる。
どうすれば解放してもらえるのか。
すっかり困り果てていると、私の身体はぐいっと後ろに引かれた。
「こら、彼女困ってるじゃないの」
「シャオレイ!」
私を助けてくれたのはシャオレイだった。
「シャオレイ、邪魔しないでほしいな」
「何言ってるの、彼女急いでるんじゃないの?」
「そうなんです!ありがとう、それじゃあ!」
私は二人に一礼すると再び走り出した。
今度は誰かにぶつからないように気をつけて-
「遅くなってごめんね、ヴィルヘルム」
息を切らして彼の元に行くとなんでもない風に私を見上げた。
いつも通り待ち合わせの時間前から森で過ごしていたらしく、彼が気に入っている木の下で物思いにふけるのが最近のお気に入りのようだ。
「そんなに走ってこなくても俺は逃げないぞ?」
「そういうことじゃなくて・・・」
ふぅと息を吐くと、ヴィルヘルムの隣に座った。
すると彼はいぶかしげな表情になる。
「どうかした?」
「ん、いや」
私の肩を抱き寄せてそのまま私の首筋に顔を埋める。
「・・・っ」
くんくん、と私の匂いを嗅ぐヴィルヘルムに羞恥で身体が熱くなる。
「なんか他の奴の匂いがする」
「他の奴・・・?あ」
先ほどのやりとりを思い出した。
ティファレトに抱きしめられるというか、それに近い状況になっていたのだ。
彼は微かに香水でもつけていたんだろうか?私は全然気付かなかったのに。
ちくり、と首筋に痛みが走った。
「なんだよ、なんかあったのか」
首筋から顔を離すと私の表情を確かめるように顔が近づく。
額がこつん、と重なると視線が絡まる。
「ここに来る途中、ティファレトにぶつかっちゃっただけよ」
「ふーん」
私の言葉を聞いて、少し面白くなさろうな顔になる。
あれ、もしかして?
「ヴィルヘルム、妬いてるの?」
「悪いかよ」
文句あるか、と言わんばかりにそのまま私に口付ける。
突然のことに驚いて体を引こうとすると後頭部に手が回され、逃げられない。
何度も何度も角度を変えて口付けを繰り返すとようやく満足したのか甘い拘束から解放される。
「・・・んだよ」
口付けのせいだけではない、ヴィルヘルムの頬が紅潮しているのに気付くと私はにやけてしまった。
「ヴィルヘルムが妬いてくれて、ちょっとだけ嬉しい」
「そんな可愛い顔すんな!」
くしゃくしゃと乱暴に頭を撫でるとヴィルヘルムが私の手をとって立たせてくれる。
「どうしたの?急に」
乱された髪を直しながら彼を見上げた。
「新しく出来た雑貨屋に行きたいんじゃなかったのか?」
「・・・うん!」
歩き出した彼の元へ駆け寄り、手を繋ぐ。
「ヴィルヘルムが街に付き合ってくれるなんて珍しいね」
「ニルヴァーナの連中には俺がいるっていうのは十分伝わってるだろうけど、
他の連中にはまだ足りないってことがよーく分かったからな」
「何が?」
「お前は知らなくていいことだ」
その後、城下でばったりあったユリアナに指摘されるまで気付かなかった。
ヴィルヘルムにつけられた痕。