生きる為に人を殺す。
そうやって刷り込まれて生きてきたのだから、悪いことをしているだなんて思っていなかった。
彼女に出会うまで、僕は本当の意味では生きていなかったのかもしれない。
いつも通り薬草を煎じていると、ランが部屋へとやってきた。
たった二人だけの衛生斑。
ランが来るまで一人で過ごすこの部屋に対して、何にも思っていなかった。
こういう作業が元々好きな方だったから特別不満に思う事もなかった。
まぁ、自分を偽ってここに配属されているのだから、当然と言えば当然だ。
「ニケ、ここにいたんだ」
「うん、どうしたの?ラン」
「ユリアナとお昼に城下に行ってこようと思うんだけどニケも行かない?」
時刻はもうすぐ昼だった。
彼女はこうやってよく僕を誘ってくれる。
最初は衛生斑にいる僕への同情なのかと思っていたが、どうやら彼女は純粋に僕を心配してくれているらしい。
僕は彼女の父親を殺めているのに。
「折角のお誘いだけど、今手が離せないから僕は遠慮するよ」
「あ、そっか・・・今、煎じているところよね」
僕の手元を見て、気付いたらしく少し残念そうな顔をした。
「僕のことは気にしないで行っておいで」
「・・・うん、ありがとう」
それから二、三言葉を交わしてから彼女は部屋を出て行った。
彼女がいなくなった部屋はまるでこの世界に僕だけを取り残して消えてしまったみたいに静まり返っていた。
ランに嘘をつく度にこの胸は締め付けられる。
けれど、過去は消す事が出来ない。
僕はそうしなければ生きていけなかった。
だから後悔してはいけない。
ランの事を知れば知るほど、世界は鮮やかになっていくのに。
僕は動けなくなっていく。
ランに嫌われたくない。愛してほしい。
そんな馬鹿みたいな願いをいつまでも僕は手離せない。
気付いたら眠っていたようだ。
はっとして顔を上げれば時刻は夕刻。
「起きた?」
「・・・ラン」
顔を上げた先には彼女がいた。
本を読んでいたらしく、栞を挟んでからそれを閉じた。
「ニケ、よく眠っていたから」
見れば、僕の肩にはブランケットがかけられていた。
あ、彼女の香りがする。
少し自身の体温が上がるのを感じた。
「・・・ありがと」
「ふふ、いいえ。珍しい姿見れて、なんだか嬉しかった」
にこりと微笑まれて、気恥ずかしくなり視線をそらす。
そんな嬉しくなるような事、さらっと言わないで。
「あとね、ニケと食べようと思ってお菓子買ってきたの。
良かったら食べない?」
「うん、頂こうかな」
「じゃあお茶淹れるね」
「いや、僕が淹れるよ。買ってきてもらったんだから」
「じゃあお願い」
こういう何気ないやりとりや二人で過ごす穏やかな時間はあとどれくらい続くのかな。
出来る事なら彼女とずっと一緒にいたい。
そんな想いを心の中で何度も何度も唱えては打ち消す日々。
僕は彼女に恋をしている。