「桧山さん、お疲れですか?」
仕事終わりに桧山さんと待ち合わせをして楽しくディナーをした後の事。
会った時から少し顔色が優れないなと思っていたけれど、やっぱりどこか疲れている様子の桧山さん。
「すまない、お嬢さん。心配させたようで」
ショートスリーパーだという桧山さんは毎日短い睡眠しかとらない。
それでもやはり忙しい日が続いているのか、疲れがたまっているようだと申し訳なさそうに口にする。
「桧山さん、お忙しいですし。あ、そうだ。もし良かったら、ハグでも…!」
そう言って、思わず両手を広げて見せると桧山さんはきょとんとした顔をした。
(あ、失敗した…!!)
桧山さんをくすりと笑わせたかっただけなんだけど、選択を失敗した事が恥ずかしくて顔に熱が集まる。広げた手を大人しく閉じようとした時、広げた腕の中に桧山さんがやってきた。
(こ、これは……)
もしかしてハグしていいという事なんだろうか。私は恐る恐る桧山さんを抱きしめる。すらりとしているけれど、触れてみるとがっしりとした身体にドギマギしていると桧山さんが私の頭に頬ずりをする。
「ひゃっ…!!」
「これは良いかもしれない。お嬢さんにはヒーリング効果でもあるのか?」
「いえ!そんな高機能は搭載していないのですが、三十秒のハグで、一日のストレスが三分の一が解消されると聞いた事があったので…!!」
「ふむ、なるほど」
ぎゅーっと抱きしめ、頭の中で駆け足で数えそうになりながらもきっちり三十秒数えた後、私は桧山さんから手を離す。
「つまり合計九十秒ハグをしていれば一日のストレスはなくなるという事か。貴女は凄いな」
「そ、それはなくならないのでは…?」
「試してみればわかるだろう。さあ、お嬢さん」
そう言って、今度は桧山さんが私を腕の中に閉じ込める。
「桧山さ…!」
「お嬢さんもお疲れだろう。顔に書いてあった」
まるで子供をあやすように抱きしめながらよしよしと頭を撫でる桧山さん。
あまりの出来事に心臓が破裂しないかと心配になるほど鼓動が激しく打っている。
(こんなに近かったら桧山さんにも聞こえてしまいそう…!)
私は桧山さんの腕の中で固く目を閉じながら、早く時間が過ぎる事をひたすら祈った。祈りから元素記号を数えるのにシフトしてからしばらく経った頃、ようやく桧山さんの腕から解放された。
解放された私の顔を見て、血色がよみがえったと思ったらしい桧山さんは「今度から会う時は必ずこれをしよう」と晴れやかな笑顔で言うのだった。