Unexpected(峰岸×市香)

人生とは何が起きるか分からない。
分からないからこそ、いくつもの可能性を想定して、それに対する手段を用意する。
なので、想定内の出来事に収まるのがここ数年の常だったけれど――

「人生とは何が起きるか分かりませんね」
「はい?」

隣にいる星野さんは不思議そうな顔をして、私を見ていた。
去年の今頃はまだ彼女と出会っていなかった。
まさか休日の昼下がり、彼女とこんな風に過ごす事になるなんて去年の私は想像もしていなかっただろう。

(そもそも特定の相手を作るつもりもなかったはずだ。なのに……)

「もしかしてお口に合いませんでした? 甘くなりすぎたかなぁ」

目の前には小ぶりなホールケーキ。真っ赤なイチゴがいくつか載っているそれの中央には「峰岸さん、HAPPY BIRTHDAY!」と書かれていた。

「まさかこの年になってホールケーキでお祝いしてもらうと思っていなかったので、感傷に浸っていただけですよ」
「! 量、多すぎました?」
「いえ、ちょうど良いサイズですよ。でも、さすがに年の数だけローソクを刺したら穴だらけになってしまいそうですね」
「今は数字の形をしたローソクも売ってるんですよ。便利ですよね」

綺麗に切り分けられたケーキを一口、口に運ぶ。
甘いものが得意ではない私のために星野さんが作ったケーキ。
くどくない甘味と、お酒がちょっと効いた大人の味だ。

「私くらいの年齢になると何かに心を動かされるといった出来事が少なくなっていくんです」
「そう、なんですか?」
「ええ。ですが、あなたといると不思議と揺さぶられるんです」

慣れてしまった恋愛の駆け引きなんて通用しない。
それを面倒だと思うはずの自分はすっかりどこかへいってしまって、目の前の彼女との時間を直に楽しんでしまっている。
だけど、そろそろ次のステップに進んでもいいだろう。

「市香さん。そろそろ名前で呼び合う関係になりませんか?」

彼女の手からフォークが滑り落ちる。床に着く前にぎりぎり彼女は手で受け止めた。

「そ、それって……」
「今日は私の誕生日ですから。欲しいものをねだっても罰は当たらないかと」

余裕ぶった笑みを浮かべてみせるが、正直もう余裕なんてどこにもない。
ただ彼女より随分大人な分、余裕を見せたいだけだ。

「…もう、私はあなたのものですよ。誠司さん」

真っ赤な顔をして、けれど私から視線を逸らす事なく言い切った。
ああ、可愛いだけではなく、凛々しさも兼ね備えた女性だったと思わず笑みが零れる。

「やっと、呼んでくれましたね」
「…誠司くんのほうが良かったですか?」
「あなたのお好きなように。私の愛おしい人」
「~! 降参です」

顔を両手で覆って臥せってしまう彼女を見て、あまりの愛らしさに笑ってしまう。
ああ、なんて幸せな日なんだろうか。
ビターチョコのケーキは、さっきよりも甘く感じたけれど、もっと愛おしく感じた。

 

 

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