深夜、寝静まった頃を狙って、私は食材を運んでくる。
竹編みの籠に移そうと中を覗き込むと、今日も丁寧に四つ折りにたたまれた手紙が入っていた。
差出人は紅百合さんだ。
『ウサギちゃんが作ってくれた一問一答。頑張って続けてるよ。
緋影くんは山菜の煮物が好きなんだって』
手紙に目を通し、私は微笑む。
お兄様の好きな食べ物、そうだったんだ。
初めて知ったお兄様の好きな食べ物。山菜の煮物ってどんな食べ物だっけ、と思い出そうとしてもうまく思い出せない。
でもきっとお兄様が好きなんだから、とっても美味しいんだろうな。
私はその場でさっそく紅百合さんに手紙の返事を書く。
『緋影さんと仲良くなっているようでうれしいです。
山菜の煮物、美味しそうですね』
手紙を食材の下に差し込むと、私はそっと部屋を出た。
◇
ウサギちゃんに緋影くんの好物について手紙に書いた日の翌日。
どっさりと置かれた食材は山菜の山だった。
(ウサギちゃん…!)
きっと山菜の煮物を作って、仲を縮めてください!!というウサギちゃんからのエールなんだろう。
私は籠を抱えて、キッチンへと移動する。
「おや、今日は山菜が山盛りだね」
「せっかくだから煮物にしようかなって」
「ああ、それは良いね」
キッチンにいた鉤翅さんも私の案に同意してくれる。
私は腕まくりをして、早速調理に取り掛かる事にした。
🐰
今日の食材は山菜をたっぷり入れておいた。
これできっと今日は山菜の煮物を作るだろう。
(お兄様が山菜の煮物を食べている姿が…みたい)
どんな風にして食べるんだろう。
昔見た笑顔を浮かべながら? それとも、感慨深げに食べるのだろうか。
想像するだけでそわそわしてしまう。
夕食の時間を狙い、私はこっそりと隠れ家に足を運ぶ。
音を立てないようにそぉっと扉を開け、ダイニングテーブルが見える位置へと向かう。
部屋の中にはお醤油の優しい香りが漂っていて、これがきっと煮物なのだろうと想像する。
「ウサギちゃん」
「!! べ、紅百合さん」
ぽんと肩を叩かれ、振り返るとそこにいたのは紅百合さんだった。
手には小皿を持っていて、私に差し出す。載っていたのは山菜の煮物だ。
「さっき緋影くんにも味見してもらったんだけど、美味しいって言ってもらえたよ。ウサギちゃんも良かったらどうぞ」
「でも……」
「ウサギちゃんがたくさん山菜くれたからまだまだあるから安心して!
あ、あとでゆっくり食べれるようにこっちの器にも入れておいたから。
夜になったら届けようと思ってたんだけど、ウサギちゃんが来てくれると思わなかったよ」
にこにこと紅百合さんが話す。
いつもより饒舌なのは、きっとお兄様が美味しいと言ってくれたからだろうか。
優しい紅百合さん。私は紅百合さんとお話すると、ほっと心が和らぐ。
お兄様もきっとそう感じているのではないかと私は思っている。
「いただきます」
せっかく用意してくれた煮物を無下にするのも失礼だろう。
私は仮面をずらし、さっそく小皿の煮物を頬張る。
甘じょっぱい味付け、山菜の歯ごたえの良い食感。なんだか懐かしい味がして、とても美味しい。
「美味しいです」
「そう? 良かった!」
「ありがとうございます、紅百合さん」
お兄様のために山菜の煮物を作ってくれて。
お兄様の好きな味を、私に教えてくれて。
ふと、どこかのドアが開く音がした。
「!」
紅百合さんと交流している場面を誰かに見られるわけにはいかない。
煮物が入った器を受け取ると、私は脱兎のごとくその場から逃げ出した。
(お兄様がどんな顔をして食べるのかは見れなかったけど……)
紅百合さんの笑顔。
山菜の煮物の味。
それのおかげで久しぶりに胸がぽかぽかと温かい気持ちになっている。
(いつか…お兄様と一緒に食べれたらいいな)
器を抱えながら、一人自分の部屋に戻りながら、私は叶うか分からない夢を願った。