「ヒバリさん!!!!近いです!!!!!ごめんなさい!!!!」
私の恋人は泣きそうな声で叫んだ。
そう、恋人なのだ。それなのに抱き着いただけで泣かれそうになるとはどういう事?
「こうも毎日毎日逃げられると私も腹が立ってくるわ」
ぶすっと一突き。ランチに出てきた厚焼き玉子をお行儀悪く箸で刺す。
目の前の親友は苦笑いを浮かべながらも、相槌を打つ。
「でも、私は恋するヒバリ様が可愛くて微笑ましいですわ」
「微笑ましい…?」
「以前からヒバリ様は可愛かったですけど、恋をしてもっと可愛くなられましたわ!!」
「そ、そう…かしら」
自分では全く分からないが、褒められて悪い気はしない。
厚焼き玉子を食べながら、私は那由太くんの事を考えるのだった。
「おかえりなさいませ、ヒバリさん。今日もお疲れさまでした」
学校が終わり、那由太くんが迎えの車の前で私を待っていた。
紬が「頑張ってください、ヒバリ様!」とこそっとエールを送ってきたので私は小さく頷きながら車に乗り込む。
車中ではいつも通り。ボディーガード中は平常心を保つように頑張っているのは知っている。
家に着き、私室に戻って着替えて、私は那由太くんの部屋を訪れた。
「那由太くん?」
部屋を軽くノックすると、部屋の中から何かが崩れる音がする。
きっと私の声に驚いて何かに躓いて、何かを倒したんだろう。
「ヒバリさん?」
そぉっと開いたドアの隙間から那由太くんの顔が見えた。
私はぐいっとドアを引っ張り、強引に部屋に押し入った。
「那由太くん。私、今日すごく頑張ったの」
「さすがヒバリさんです!」
東条家の名に恥じない振る舞いをすること。それは私が生活をする上で最も優先していることだ。
だけど、この家の中。言ってしまえば那由太くんという恋人の前ではくつろいだっていいはず。
「私、偉いかしら…」
「はい! 偉いです!!!」
そんな風に尋ねたのは生まれて初めてだ。がらでもない言葉を口にして頬が熱くなったが、それでも私はこの先にある欲しいもののために手を伸ばす事に集中する。
「だったらご褒美に抱きしめてもらえないかしら?」
紬のアドバイスのもと、私はとても思い切った言葉を口にする。
那由太くんはご褒美を欲しがる人だった。つまりはそういう側の人間の気持ちならわかるだろうと。
私がご褒美をねだったら、与えようと頑張ってみるんじゃないかと。
言われてみたらその通りかもしれないと思い、私は意気込んで那由太くんに向かって両手を広げてみた。
「~~~!!!!」
しかし、那由太くんは固まったまま動かなくなった。
しばらく見つめてみたが、赤い顔のまま完全に静止してしまっている。
「…えい」
仕方ないから私は中途半端に広げられた腕の中に自分から飛び込んで、那由太くんの背中に手を回した。
伝わってくる温度に少しだけ安心する。ああ、私は那由太くんの腕の中にいるんだと。
そして、やたらと早い那由太くんの鼓動が伝わってきて思わず笑みが零れた。
「那由太くんの鼓動、すっごく早い」
「…!! ヒ、ヒバリさんがすごく近くにいて、なんだか良い匂いもするから!!」
固まっていた手がようやく動き、私は那由太くんに抱きしめられた。
「これでご褒美になりますか?」
「ふふ、うん。なったわ、ありがとう那由太くん」
私が返事をすると、安心したのか耳元で安堵のため息が漏れた。
「でも、もう少しだけ」
離れようとした体を逃がすまいと強く抱き寄せて、私はねだる。
那由太くんはあわあわしながらも結局は私の願いに応じて、私をしばらく抱きしめてくれた。
「私、毎日頑張ってるからこれからは毎日お願いするわ」
体を離した後、にこりと笑っていうと、那由太くんは泣きそうな顔になりながら「毎日は許してください!!!!」と叫ぶ。
少しずつ那由太くんを慣らしていこうと私は心の底から誓うのだった。