「これ、どうなってんだ?」
私の頭に触れると、笹塚さんが眉間に皺を寄せた。
「これですか?なれちゃえば結構楽チンなんですよ」
「ふーん」
笹塚さんは気のない返事をしながらも、髪をねじ込んでいる部分を集中的に触られる。
まるで丸くなって寝ている猫のおなかを触るような・・・なんというか、イケない事されているような気がする。
「急にどうしたんですか?」
「お前が髪下ろしてるのってほとんど見ないから」
「昔はおろしていたんですけど、警察学校に入って訓練とかしてるときに髪が長いと邪魔だなーって思ってからこの髪なんです。
短くするのは嫌だったんで」
「あっそ」
私をくるりと後ろに向かせると、笹塚さんは本格的に私の髪の構造を暴くように手を動かし始めた。
頭を撫でられることなんて大人になってからほとんどないけど、笹塚さんは私が眠っているときに甘やかすように頭を撫でてくれることがある。
それが心地よくて、ああしあわせだなと何度思ったことか。
笹塚さんが私の髪に触れているからか、ついそんな事を思い出してしまう。
髪をまさぐっていた指が、ようやくヘアピンを抜くことに成功したようだ。
一本一本、思いのほか丁寧に扱われて戸惑う。
「さ、笹塚さん?」
「ああ、こうなってんのか。ほら、とれた」
ヘアピンを外し終わると、髪を両手で解かれる。
解けたことに満足したのか、笹塚さんの声色は嬉しそうだ。
「楽しかったですか?」
「ん、」
返事のかわりに後ろからぎゅっと抱き締められる。
私も甘えるように笹塚さんによりかかる。
「今日の門限も変わらないのか」
「…いつも通りですね」
「姉離れさせろよ、弟」
何度言われたか分からない台詞。
苦笑いを浮かべると、顔が見えていないはずなのに笹塚さんはわざとらしいため息をついた。
「ま、もう少しの間だから許してやるよ」
「ありがとうございます」
いつも通りのやりとり。
笹塚さんと香月は顔を合わせれば口げんかみたいなものを繰り返す。
だけど、見た目ほど互いに嫌っているとかそういうわけではない。
男同士、そういうコミュニケーションもあるんじゃないかと榎本さんは言っていた。
「市香」
耳元で名前を呼ばれ、耳をゆるく噛まれる。
「…んっ、笹塚さん」
なんで急に笹塚さんが私の髪を解きたかったか、意味がようやく理解した。
多分今、顔が真っ赤になっているんだろうな、私…
だけど、私も彼に触れたいし、触れられたい。
その気持ちが伝わりますように、と願いながら…私を抱き締める彼の手に、自分の手を重ねた。