「香月、今日何食べたい?」
「なんでもいいよ」
「うーん…じゃあ、ハンバーグでも作ろうか」
育ち盛りの男子高校生は肉が好き、とでも思っているんだろうか。
困った時のハンバーグの確率の高さに本人は気付いているんだろうか。
せっかくの休日に、家で弟と夕食をとる必要もないだろうに。
「今日、会わないの?」
「え?」
「だから、彼氏と…飯とか行かないの?」
「あ、ああ」
彼氏という言葉に顔があっという間に赤くなる。
そんな事でいちいち照れなくてもいいだろうに。
弟に指摘されるのが恥ずかしいのか、それとも恋愛ごとをつっこまれるのが恥ずかしいのか。
…いや、多分どっちもだろうな。
同じクラスの女子だって、普通に彼氏の話とかつっこまれたって赤くならないのに。
自分の姉ながら純情だな、と笑ってしまいたくなる。
「今日は香月とゆっくりしようかなぁー、なんて」
「…彼氏は仕事?」
「だから香月とゆっくりしたいなって思ったからだよ」
嘘か本当か分からないけど、姉ちゃんは俺から視線を逸らして冷蔵庫の中身を確認する。
「ね、せっかくだから久しぶりに一緒に買い物行かない?」
「荷物持ち?」
図星だったのか、困ったように笑って誤魔化される。
せっかくの休日を彼氏がいるくせに弟と過ごすなんてバカなヤツ。
一緒に暮らしていてもずっとロクに口をきかなかった。
口をきいたかと思えば、言い合いになってばかりで何も伝えられず、何も伝わらずただ同じ家に暮らしていた。
あの事件をきっかけに、ひさしぶりに姉弟らしい会話をするようになり、昔のように普通に話すようになった。
姉に彼氏が出来て、そいつがまたいいヤツかどうかはさておき…姉を大事にしてくれていることだけは確かだから文句は言わない。
たまに門限を破るけど、そんなもん本当に守れっていう意味で言ってないのに律儀に守ろうと頑張る二人は微笑ましいというか笑える。
本当は大好きな彼氏と一緒に暮らしたいだろうに、俺がいるから一緒に暮らせない。
責任感もあってだろうが、俺を放り出して恋に走れない姉をみて、なんともいえないため息をついた。
「香月の好きなものも買ってあげるよ」
「スーパーに俺の好きなもの売ってんの」
「新発売のお菓子…とか?」
「いつまで子ども扱いしてんだよ」
「うっ…でも、お菓子はみんな好きだよ」
「はいはい。ほら、さっさと支度しろよ」
男の外出なんて支度に大した時間はかからない。
俺の言葉を聞いて、一緒にいくことに気付いたのか、ぱぁっと嬉しそうな表情になる。
弟と出掛けるのを喜ぶねーちゃんなんてそんなにいないだろ。
「うん!ちょっと待っててね!」
「はいはい」
待つ間、携帯を見る。
一緒に暮らし始めた頃はさっさと姉から離れたいと思っていた。
自立して、自分の好きなことをして、夢を追いかけたい。そんなことばかり考えていた。
俺が自立する頃、きっと姉は俺の姉じゃなくて、あいつの嫁ということになるんだろう。
幸せになってほしい。だけど、自分の姉のままでいてほしい。
そんな子どもみたいな独占欲があるなんて知らなかった。
子どものころ、自分の友達が姉に懐く姿をみて、もやもやしたのを思い出す。
多分、あれに似てる。
けど、誰よりも近い場所でずっと見てきたから。
「幸せになれよ、姉ちゃん」
本人に言うのはまだ先。
「香月、お待たせ!」
「ん、じゃあ行くか」
星野市香じゃなくなっても、姉であることには変わりないんだけど。
それでもまだもう少しだけ、星野市香でいて欲しいなんてことはきっと言わない。