「…そんなに見つめられるとちょっと照れるな」
海が見たいと珍しくカップルっぽいデートの提案をされたのが先週のこと。
市香を助手席に乗せて、海を目指して車を走らせる車中で、隣から視線を感じる。
「車を運転する姿って5割増しですよね」
「そ、そうか」
榎本が読んでいる雑誌にでも書いてありそうな言葉になんと返事していいのかわからず俺は頬をかいた。
七歳下の俺の恋人。名前を呼ばれただけで、顔が熱くなるし、名前を呼んだだけでドキドキする。
いい年して何おもってるんだ、と思うこともしばしば。
「それにしても混んでるな」
海までの道。
まだシーズンではないから大丈夫だろうと思っていたが、思いのほか道が混んでいてなかなか進まない。
「ですね。でも、こういうのもドライブの醍醐味ですよね、きっと」
「そう言ってくれると助かる」
道が混んでるとイライラしてくるが、市香がそう言ってくれるおかげで随分焦りがなくなる。
「これ、柳さんの好きな曲ですか?」
「ああ、そうだ。割と良く聞いてるな」
「こういうのも聞くんですね」
「似合わないか?」
「いえ、そんな事は…。嘘です、意外でした。
流行の曲を聴くイメージはありませんでした」
「素直でよろしい」
車内に流れるのは、なんというかラブソングだ。
市香も意外に思うだろうし、俺も実は自分で意外だ。
今まで人と深く付き合うことを避けていたからか、ラブソングなんて全く耳に入らなかったのに市香と付き合い始めた途端これだ。
自分の浮かれ具合に笑ってしまう。
「お前はどんな曲聞くんだ?」
「私ですか?そうですねー」
俺でも知っているような歌手の名前がいくつか挙がる。
そして、少し恥ずかしそうに笑ってこう言った。
「あと、…愛時さんと付き合うようになって、ラブソング聞くようになりました」
多分ここが車の中じゃなくて、部屋の中とかだったら迷わず抱き締めていただろう。
それくらいの破壊力のある台詞だった。
「なあ、市香」
「はい」
「道も混んでるし、ちょっとだけいいか」
赤信号に変わり、車の進みが止まる。
市香のほうを見ると、先ほどと変わらず俺を見つめていた。
「なにがですか?」
「これ」
そう言って、顔を近づけて触れるだけの口付けをした。
「-っ、あ、愛時さん!!」
「お前が可愛すぎて我慢できなかった」
赤くなった市香に気持ちの籠もっていない謝罪の言葉を口にすると、信号が再び青に変わった。
「…愛時さん」
「ん?」
車を発進させると同時くらいに、頬に何かが触れた。
「お返しですっ!」
「あんまり俺を煽らないでくれ」
目的地を別の場所に変えてしまいそうになる。
「柳さん、海はもうすぐです!頑張りましょう!!」
このいたたまれない空気を換えるかのように市香が言う。
しょうがない。今日は、予定通り恋人の願いを叶えよう。
今日の夜は榎本は呑みに出掛けるといっていたことも忘れてはいない。
「そうだな、もうすぐだ」
ハンドルを握りなおし、海へと車を走らせた。