和食は問題ないけど、和菓子が好きじゃない。
甘いものが大好きでその中でも特に大好きなものがドーナツ。
(豆腐ドーナツってどうなんだろう。おからドーナツも)
ドーナツが好きな彼はぱくぱくと口に運ぶ。
それは朝でも昼でも深夜でもいつでも構わないように見える。
本庁に戻ってからの彼は本当に忙しくて寝る時間も惜しんで仕事をしている。
何も食べないで仕事をする事も多く、もしくは彼がドーナツが大好きだということを知った周囲が差し入れに買ってきてくれることも多いようだ。
あんなにドーナツを食べて太らないなんて羨ましい・・・じゃなくて、甘いものばかり食べる彼の健康が心配だ。
甘いものには変わりないけど、せめて豆腐ドーナツとかに出来たらどうだろうとふと考えた。
久しぶりの、本当に久しぶりの一緒になった休日。
休日といっても笹塚さんは部屋に戻ると、パソコンの前からほとんど動かず、私は私で食事の支度をしていた。
お昼は二人で珍しく買い物に行って、彼の部屋に彼の好みではないであろうものを増やす。
笹塚さんの部屋に自分の存在が濃くなっていくのが嬉しくて、今日買ってきたばかりのお揃いのマグカップを洗って並べていると笹塚さんは「なにニヤついてんだよ」と笑った。
そうやって私を笑う笹塚さんって心なしか嬉しそうなのに。
バレないようにくすりと笑うと、私は冷蔵庫を開けて材料をとりだした。
たまにクッキーを焼いたり、マフィンを作ったり、と簡単なお菓子は作るけど久しぶりに作るお菓子に少しだけドキドキする。
大きめのボウルにお豆腐、砂糖、卵をいれて混ぜ合わせる。
よく混ざったらそこに小麦粉とベーキングパウダーをふるっていれ、さらに混ぜる。
そういえば香月が小さい頃、お菓子をつくる私の横で興味津々といった様子で見上げてきたのを思い出した。
今はもう二人で台所に立つこともなくなってしまったけど、香月にもお菓子を作ったら喜ぶかもしれない。
生地が良い具合に混ざったら、それを丁寧に伸ばして形をつくる。
油が温まったことを確認し、ドーナツをそのなかに入れると、じゅわじゅわとドーナツが揚がっていく。
菜ばしでひっくり返していると、いつの間にか私の後ろにいた笹塚さんが私の手元を覗き込んできた。
「おい、何つくってるんだ?」
「…!今、揚げ物してるから危ないです」
「…ん、それ」
「まだ作ってる途中ですからあっち行っててください」
「折角一区切りついたから構ってやろうかと思ったんだけど。ふーん」
「!あ、あっち行かなくていいですけど、覗くのは危ないです」
顔を見なくても分かる。
絶対今、笹塚さんは笑ってる。
一緒に過ごす時間はぐっと減った。
寂しいと思う気持ちもあるけれど、こうしてたまに過ごせる時間がより楽しみなものへと変わった。
私を後ろから抱き締めるぬくもりに顔がにやけるのを我慢できない。
「それ、ドーナツか?」
「はい、ドーナツです」
「ふーん」
狐色にあがったドーナツを取り出す。
油をきると、粉砂糖を上からかける。
「出来ました。まだ熱いですけど、食べますか?」
「ん」
頷くと目を閉じて口を開いた。
これはつまり食べさせろ、ということ・・・だよね。
私にバカ猫とか犬みたいとか言うけど、笹塚さんだって気まぐれな猫みたい。
嬉しい気持ちを抑えながらまだ熱いドーナツを彼の口に運んだ。
「どうですか?」
「ん、なんか普通のよりもちもちしてる気するけど」
「あ、分かっちゃいましたか?お豆腐入れたんです!
ヘルシーになるし、もちもちになるって見てどうかなって」
「ふうん。悪くないんじゃない?」
「良かった」
久しぶりに作るお菓子・・・しかも彼の好物のドーナツだから緊張したけど気に入ってもらえたようで安心する。
「お前も食べれば?」
「そうですね、折角だし」
揚げたばかりのドーナツに手を伸ばそうとすると、顎をつかまれ振り向かされた。
何事かと思えば、次の瞬間。笹塚さんの顔がすっごく近くにあって、驚いて開いた口に笹塚さんがくわえていたドーナツのかけらをねじ込まれた。
「-っ!」
「どうだ?うまいか」
それはもう楽しそうに笑う笹塚さん。
だけど、少し火照った頬に気付いてしまった。
味なんてよく分からない口に入ったドーナツをなんとか飲み込む。
「…よくわからなかったです、笹塚さんのせいで」
「じゃあもう一回食べさせてやろうか?」
「…はい」
恥ずかしさから頬が熱くなるのが分かる。
だけど、たまに一緒にいられる大好きな人との時間。
恥ずかしいけど、いつもより少しだけ甘えたくなった。
予想外の返事に笹塚さんが息を飲んだのが分かる。
「市香」
名前を呼ばれて、恐る恐る顔をあげると、頬を優しくなでられた。
「そんな顔してドーナツ食べるのか?」
「どんな顔してますか、今」
「そうだな…キスして欲しいって顔だな」
「あんまり意地悪言わないでください」
こういう時、凄く優しく笑う。
きゅっと心臓を掴まれたようになる。
掠めるようなキスをされ、きっと不満げな顔をしたのだろう。
くくっ、と声を抑えて笹塚さんが笑った。
「もっと欲しいってちゃんとねだったらやるよ」
「-っ、」
キスしてほしい、なんて恥ずかしくてなかなか言えない。
だから彼の首の後ろに手を回し、顔を近づけて自分から口付けた。
「笹塚さん、」
「やっぱり、ドーナツはお預けだな」
私の腰に回された手が、やけに熱く感じられた。
だけど、触れ合った唇はもっと熱くて、幸福なものだ。