「笹塚さんの髪ってふわふわしてますね」
「んー」
シャワーを浴びた後、髪を乾かさないでいると市香が心配して俺の頭を乾いたタオルで拭いてきた。
抵抗するほどのことでもないし、今はディスプレイを見られても問題のない内容だから甘んじてそれを受け入れる。
タオルで丁寧に拭いた後、ドライヤーを当て始めたところでさっきの言葉だ。
バカがワカメだというのを散々聞いているからなのか、ボリュームのある俺の髪に対して今まで何も言ったことがなかった市香が感心したように呟いた。
「さわるの初めてじゃないだろ」
「こうやってゆっくり触ったことはありませんよ」
「あー、そうか。いつもそんなことを考える余裕がない時に触ってるか」
「なっー!!」
俺が何を示してそう言ったのか瞬時に察したらしく、俺の髪に触れる手の動きが止まる。
解析中の画面は目が疲れないように黒背景に白文字だ。
だから楽しいことにディスプレイに鏡のように映るこいつの動揺している表情が見れるわけだ。
「笹塚さんは、意地悪ですよね」
「おまえ、それ好きだな」
パートナーになってから何度そういわれただろうか。
散々意地悪といわれるようなことをしても、尻尾をぶんぶん振って俺を追ってきてるのはお前だろう。
むくれる表情も悪くない。それは恋人としての贔屓目なのかもしれない。
「だけど私にしか分からない笹塚さんの優しいところもいっぱいあります」
「例えば?」
「たとえで挙げたらわざとしてくれなくなる気がします」
「ふうん、分かってんじゃん。俺のこと」
からかうのが楽しい。猫じゃらしをゆらしているような気持ちになる。
「だって私だけが笹塚さんのパートナーですもん」
たとえ一緒の職場じゃなくて、一緒のチームじゃなくても自分のパートナーは市香しかいないのに。
何度念押ししてくるんだ。
「だから俺を信用しろって言ってんだろ」
「信用はしてます!当たり前じゃないですか、恋人ですもん!
だけど、恋人の贔屓目と笑われるかもしれないですけど、笹塚さんは意地悪だけどたまに優しくしてくれたり、私のこと思いやってくれたりして・・・そういうことを他の女の人がされたら笹塚さんのこと好きになっちゃうかもしれないじゃないですか」
ドライヤーを止めると、俺の髪を最後に整えた。
その手を掴み、ディスプレイ越しに市香を見つめる。
「俺がからかうのも、お前がいう意地悪をするのも、優しくするのもお前だからだろ。
他のヤツなんて眼中にないんだから、余計な心配するな」
「…っ、はい」
手を引き寄せ、左手の薬指にそっと口付ける。
今はまだ何もないけれど、こいつが俺のものだという証を身につけさせるのも悪くない。
「笹塚さん、大好きです」
俺が何を思って口付けたのかなんて気付いていないバカ猫は愛らしい声で俺へ愛を紡いだ。