叶わないことは分かっている。
それなのに、彼女が笑うと胸が苦しくなった。
手を伸ばす権利さえ、僕にはないのに。
「あ、巳斗!」
「どうかされましたか?」
「今ね、マフィン作ったの。だから巳斗にも良かったら」
「・・・っ、ありがとうございます」
「まだあったかいから、今のうちに食べてね」
「・・・はい」
彼女が手渡してくれたマフィンを両手でそっと包むようにする。
彼女が言ったとおり、まだ温かかった。
「温かいですね」
「でしょう」
マフィンだけじゃなく、彼女自身も・・・温かくて、眩しい。
屋敷の離れに軟禁されるみたいな形になった彼女を見張るのが自分の務めになった。
彼女自身は軟禁されているということには気付いていないようで、僕の顔をみるといつも通り笑ってくれる。
「あの」
「どうかしたの?」
「これ、見回りに行った時に見つけたので良かったら・・・」
山に咲いていた花。
その花を見つけた時、彼女が喜ぶんじゃないかと思いついた時には既に名前も知らない黄色い花を一生懸命摘んでいた。
「わあ、ありがとう!凄い綺麗だね!」
「・・・良かったです」
花を受け取ると、いつかの日のように笑ってくれた。
「ありがとう、巳斗」
「いえ、僕にはこれくらいのことしか出来ませんから」
「ううん、そんな事ないよ。
ちょっとだけ、不安だったから。少し安心した」
そう言ってまた、笑顔を作る。
いつも笑ってくれる彼女は、僕にとっては酷く眩しくて手が届かない。
遠い存在-
長になる人・・・つまりはトラ様かリュウ様のお嫁さんになる人なのに。
「そんな顔、しないでください」
気付けば彼女を抱き締めていた。
驚いたように腕のなかの彼女は息をのむ。
「み、巳斗?」
「僕の前で、無理に笑わないでください」
「・・・っ」
「僕は、あなたが・・・」
慌てて体を引き離す。
今、自分が何を口走ろうとしたのか。
抱き締めた彼女の身体は柔らかく、花ではないが甘い蜜のような香りがして-
「すいません、忘れてください!」
僕は彼女の顔をまともに見ることが出来ず、その場を逃げ出した。
「あれ?巳斗、見張りは?」
「・・・っ、」
宇佐が僕の姿を見つけ、声をかけてくる。
平静を装うとしてもダメだ。
熱くなった頬を誤魔化せない。
「巳斗」
「分かってるから、何も言わないで」
早鐘のように打つ心臓の意味が、その答えが、どこにあるかを。
まだ自覚なんてしたくないのだ。
ただ、届かない手を伸ばしてはいけなかったのに。
彼女の笑顔がまぶたの裏に焼きついて、忘れられない。