選んでもらったネクタイピンを、手のひらに載せてじっと見つめる。
琥珀の色合いに温かみがあって、土台のシルバーにもあっているように思える。
そして何より、琥珀の色があいつの目の色に似ているな、と気付いた。
「・・・綺麗だな」
男子校に通う俺としては、普段まわりに女性がいない。
その上、捨てられたと思っていた分女性に対しての心象は良くない。
けど、どうしてだろう。
自分よりも思っていたよりもずっと軽くて、柔らかい。
どうして同じ人間なのに、柔らかいんだろうと不思議だ。
手を握ろうとすると、自分の手のひらのなかにおさまってしまいそうなほど小さい。
同じ世界の人間じゃないし、性別も違う。良く分からないと思っていたのに。嫌いだと思っていたのに。
手のひらのネクタイピンをそっと握った。
エリカの手を握ったときの体温が、リアルに思い出された。
「ねえ、ヴィンセント」
館に行くと、エリカが籠を持って歩いていた。
どうやら洗濯物を干していたらしく、もう少し早く来ていれば良かったと少しだけ後悔した。
「どうした、暇なのか」
「ええ、一段落したところなの。
お茶でも飲まない?」「ああ、いいぜ」
籠を片付けてからお茶を持ってくるというので、エリカとは一旦別れて先に客室へ向かう。
誰もいない部屋にほっとする。
・・・せっかく二人でいられるのに、邪魔をされたくない。
そんな邪な気持ちを抱くと思っていなかった。あと4回、正解してしまったら離れ離れになってしまう。
まだ4回あるとは思えなかった。
ソファに座り、ぼんやりとこれから先のことを思い浮かべる。
エリカを喜ばせたい。笑った顔が見たい。
女性を喜ばせることなんて知らなかったし、考えたこともなかった俺がこんな風に思うなんて自分でもびっくりだ。
「お待たせ、ヴィンセント」
「ああ、手伝わないで悪いな」
「・・・何か悪いものでも食べたの?」
「どういう意味だ」
軽口を叩き合うと、エリカはくすりと笑った。
ティーポットから注がれるのをじっと見つめる。
それぞれのカップに注がれた後、エリカは小さな瓶を開けてティースプーンでひとさじすくうと紅茶に落とした。
琥珀色のとろりとしたそれは、こないだの琥珀を思い出させるには充分だった。
「それ、蜂蜜か?」
「正解。
本当は蜂蜜すくうのは専用のがあるんだけど、なかなか見つからなかったからティースプーン使うことにしたの」「ふーん」
「紅茶に蜂蜜を落とすのって綺麗だなぁっていっつも見とれちゃうの」
カップの中身をかき混ぜると、それを俺に差し出す。
口をつけると、ほのかな甘味が口のなかに広がった。
「思ったより甘くないんだな」
「それが蜂蜜の良いところよね。隠し味みたいで素敵でしょ?」
「ああ、そうだな」
エリカの瞳を見つめる。
綺麗だ、と強く思う。
なんだろう、この気持ち。
「綺麗だな」
「え?」
思わず零れた言葉はエリカには届かなかったようだ。
それが嬉しいようで、少し寂しい。
「いや、うまいな」
「ふふ、でしょう」
沢山の本のなかで描かれていた恋物語のようなドラマチックなものではない。
数多の女性を口説くような技量もない。
だけど、これは俺にとっての恋なんだとエリカの淹れた紅茶を飲みながらかみ締めていた。