喧嘩をした。
原因なんてよく思い出せないくらい些細な喧嘩
「ヴィルヘルムなんてもう知らないっ!」
泣きそうな顔をして俺にその言葉を叩きつけて逃げられた。
その時は俺も頭に血が昇っていたので、ランを追いかけることもしなかった。
喧嘩をしたことなんてすっかり頭から消えていた翌日。
「よう、ラン」
「・・・」
挨拶を無視し、俺に視線をあわせようともしない。
ランの隣にいたユリアナが苦笑いをした。
「ユリアナ、私先にいってるね」
「あ、うん」
「おい、ラン!」
「ヴィルヘルム・・・ランと喧嘩してるんでしょ?」
「・・・ああ、そういやそうだった」
走り去ったランの背中を見ながらユリアナに言われて思い出す。
あんな喧嘩、まだ根に持っているのか・・・
放っておけば機嫌なんて直るだろ、と思った俺が悪かった。・・・それから一週間経っても口を利いてくれない。
いつもなら休日は一緒にいるのに、ランは部屋に籠もったまま出てこなかった。
そんなに怒るようなことだったのか、原因さえも思い出せないまま時が過ぎる。
「ヴィルヘルム、元気ないですね」
「んー、そうか?」
「ええ、なんだかご主人様に相手してもらえない犬みたいです」
「・・・なんだ、それ」
食堂でぼんやりとしていると、正面に座っていたアサカが笑う。
アサカにぽつりぽつりと状況を説明した。
「うーん。なるほど。
つまり仲直りしたいのに彼女が口を利いてくれないんですね」
「ああ、そうなる」
「口を利いてもらえないのなら、こういうのはどうでしょうか」
アサカは何かを思いついたようににっこりと笑った。
◇
ヴィルヘルムと喧嘩してもう一週間。
喧嘩した次の日に、喧嘩したことも忘れて話しかけられたのが凄く苛立ってしまった。
そこから意地を張って口を利いていない。
だけど、ヴィルヘルムと付き合うようになって初めて休日を別々に過ごした。
・・・すごく寂しかった。
仲直りのきっかけがもう見つけられなくて、気付けばため息ばかりついていた。授業が終わった教室の片隅でぼんやりしていた。
この後はもう授業はないし、少しだけここでゆっくりしていこう。
「おい」
机に突っ伏して少しだけ眠ろうとしていたところに聞きたかった声が届く。
顔をあげると眉間に皺をよせたヴィルヘルムが立っていた。
「・・・ヴィルヘルム」
「これ読め」
「え?」
「いいから」
そう言ってヴィルヘルムが私に差し出してきたのはしわくちゃな紙だった。
それを開くと、私は驚いてヴィルヘルムを見上げていた。
「んだよ」
「ヴィルヘルム・・・」
ぽろり、と自分の瞳から涙が零れた。
何度も書き直したようで、そのせいで紙はよれてしまっている。
何を書こうか悩んでくれて、散々悩んでこの言葉を選んでくれたんだ。
-好きだ
その一言だけ、書いてあった。
ごめん、とか悪かったとかそういう言葉じゃなくて、彼が選んだのが告白だなんて嬉しくて涙が零れるのは仕方がない。
「お、おい。泣くなよ」
「ありがとう、ヴィルヘルム」
泣く私に慌てて、彼はしゃがんで私に目線を合わせて涙を拭ってくれた。
「私も、ヴィルヘルムが好きだよ」
「・・・おう」
照れたのか、ヴィルヘルムは私から視線をそらして私の頭を抱えるように抱き締めてきた。
久しぶりの体温にもう一度涙が溢れた。
「あー、泣くなよ」
「・・・泣いてない」
「そうかよ」
「だからもう少しだけ、このままでいて」
「・・・ああ」
甘えるようにそう言うと、いつもより優しい声でヴィルヘルムは返事をしてくれた。
・・・仲直りが出来るなら、たまに喧嘩するのも悪くないかもしれない。