久しぶりに帰ってきたと思いきやマイセンは部屋に閉じこもったまま出てこない。
何度かマイセンの部屋の前まで行ったが、ノックするためにあげた手を結局おろすことしか出来ない。
「あれ、ご主人様。
マイセン様のところに行かれたんじゃなかったんですか?」
自室に戻るとセラスが驚いたように私を見つめる。
行かなかったからここにいるんでしょうと言いたくなったけど、それを飲み込んだ。
「セラス、ドラゴンの姿になって」
「え」
「いいからはやく」
言われるがまま人型からミニドラゴンの姿に変わる。
すぐさまセラスをきつく抱き締めた。
セラスはなんとなく私の様子が可笑しいことを察して、何も言わずきつく抱き締められていた。
マイセンは兄だ。
幼い頃病に伏せってばかりの私の手を寝ずに握り続けたのはマイセンだ。
いつでも手をつないでいた気がする。
だけど、どうしてだろう。
マイセンに触れた想い出がかすんでいくのは。
私に護身術や剣の稽古だってつけてくれたのに。
いつから部屋に訪れることもためらうようになったんだろう。
「アリシア、いるか?」
部屋がノックされて、ドアが開いた。
「私、返事してないんだけど」
「固いこと言うなって。
お前だってお兄ちゃんに会いたかっただろ」
軽口を叩くのはいつものこと。
それに噛み付く私もいつものこと。
「馬鹿なことを言わないで。
ふらふらばっかりしているあんたに会いたいなんて思わないわ」
「お兄ちゃん悲しいな」
悲しいなんて思っていないような笑顔で私の言葉を聞き流す。
どうすればマイセンに手が届くんだろうか。
強く抱き締めていたはずのセラスが私の腕の中から逃げ出し、部屋から飛び出していく。
「セラス・・・っ」
セラスは余計な気を遣ったんだろう。
昔からマイセンにはやたらと敬意を表している。
理由を聞いてもいつも曖昧に微笑むばかりだ。
「あーあ、セラス逃げちゃったな」
「マイセンのせいでしょ」
今日の私はどうかしている。
なんだかイライラしてばかり。
せっかくマイセンが帰ってきているのに。
「ならお兄ちゃんが慰めてやろうか」
冗談で両手を広げたマイセンに、私は黙って抱きついた。
抱きついた、というよりしがみついたといってもいいかもしれない。
ただ、このどうにもならない気持ちをどこかへやってほしかった。
「・・・っ、アリシア」
「マイセンが悪いのよ・・・っ」
マイセンが私の手を握ってくれないから。
私は、あなたを血でしか繋ぎ止められないから。
なのに、どうしてこんなに不安なんだろう。
泣きたい気持ちを堪えようと息を大きく吸おうとした時だった。
マイセンが、私をきつく抱き締めた。
「・・・ごめんな、アリシア」
そんな優しい声で呼ばないで。
勘違いしそうになる。
まるで、マイセンには私しかいないような錯覚に陥りそうになる。
「アリシア・・・」
触れているのに、どうしてだろう。
いや、触れているから怖いんだ。
この手を離すことが怖い。
「・・・マイセン」
兄の名を呼んだとき、世界が真っ暗闇になった。
「・・シア、アリシア」
「・・・ん」
「目、さめたか」
「あれ・・・マイセン」
気だるい身体を動かそうとすると、マイセンが肩を軽く押し返して起き上がれないように動きを封じられる。
「熱あったみたいだぞ」
「・・・そう」
だからあんなに心細く感じていたのか。
自分でもなんでさっきまであんなに不安だったのか分からない。
恥ずかしくてマイセンから目を逸らす。
「ついててくれたの?」
「俺はお前のお兄ちゃんだからな」
そう言って、マイセンは私の頬を撫でた。
そんな風に妹に触れる男は果たして兄なんだろうか。
熱のせいで頭が混乱してるのかもしれない。
「・・・ありがとう、お兄ちゃん」
「-、ああ」
お兄ちゃんなんて呼ばれ慣れていないからだろう。
少し照れたように視線を逸らしてからもう一度私を見つめる。
「もう少し眠れ、俺がついててやるから」
「うん」
確かにまだ頭がぼんやりとするから大人しく従うことにして目を閉じた。
「なんだか小さい頃に戻ったみたいね」
「・・・ああ、そうだな」
「マイセンが手を握ってくれてうれしかったなぁ・・・」
「・・・そっか」
いくつか言葉を交わしたが、眠気には勝てなくてよく思い出せない。
意識を手放す頃、額にやわらかいぬくもりを感じた。
「-おやすみ、アリシア」