「深琴」
朔也が淹れてくれた紅茶を飲みながら一息ついていた時のこと。
朔也が私の髪にそっと触れた。
「ど、どうしたの?急に」
朔也の指に絡められる私の髪。
髪に触られるなんてどうってことないはずなのに、私は動揺している。
「深琴の髪は綺麗だね」
「あなたの髪だって綺麗じゃない」
朔也は顔立ちも整っていて、髪だって綺麗に風にたなびくし、立ち振る舞いもスマート。
年の近い男の人は朔也しか知らなかったから、それが当たり前なのかと思っていたけど、
そんな事はないと舟に乗って知った。
色んな男性を知っても、やっぱり私の中では男性として意識するのは・・・愛おしいと思う相手は朔也だけだった。
こんな風に触れ合う日が・・・運命が変わる日が来るなんて思ってなかった。
「深琴?」
「ああ、なんでもないわ」
つい物思いに耽ってしまって、朔也が心配そうに私を見つめる。
確かに毎日作業に追われて、疲れていないといえば嘘になるけれど私より働いてる朔也を前にしてそんな事はいえない。
「ねえ、朔也」
私の髪に触れる愛おしい人の手を握る。
私より少しだけ暖かい手。
「私たち、ずっと一緒よね」
不安に思ったわけじゃない。
信じていないわけじゃない。
ただ、確かめたくなった。
私と朔也が共にいるという未来を。
「うん、そうだよ」
朔也は椅子から立ち上がると、そのまま顔を近づけてきた。
大人しく目を閉じ、次の瞬間を待った。
(・・・あら?)
唇は私の頬に触れた。
てっきり唇にキスをされるのかと思ったから驚いてしまった。
「こっちに欲しかった?」
「・・・!馬鹿いわないでよ」
にっこりと笑って自分の唇を指差す朔也を押し返す。
朔也に振り回されてばっかりだわ、なんだか。
「ねえ・・・今日は一緒に眠れるんでしょ?」
「うん、深琴が良いって言ってくれるなら」
「私はいつも良いって・・・」
「ああ、そうだったね。ごめんね」
朔也は笑みを崩さない。
人のことからかって楽しんでるんだから・・・
だけど、いつまでもからかわれてる私じゃない。
「朔也」
私は立ち上がると、朔也の頬を両手で包んだ。
それから少し背伸びをして、朔也の唇に自分のそれを重ねた。
「・・・っ、」
朔也はよほど驚いたのか、固まってしまった。
恥ずかしいけど、朔也に不意打ちできるのは悪くない。
唇を離そうとすると、突然朔也からきつく抱き締められる。
離れかけた唇はもう一度重なり、さっきよりも深いものに変わる。
「んっ、ふっ・・・」
さっきまで得意げな気持ちになっていたのに、あっという間に形勢逆転されている。
ようやく解放された時には、私はすっかり真っ赤になってしまっていた。
「・・・朔也!」
「あんまり僕を煽らないで、深琴」
叱ろうとしたのに、朔也の瞳を見たら何も反論できない。
熱の孕んだ瞳で、そんな切なげな声を出されては叱れるわけがない。
「・・・本当に仕方ない人なんだから」
ぎゅっと抱き締めると、甘えるように首筋に顔を埋められた。
「深琴・・・それでも今日は一緒に寝てくれる?」
何を言ってるんだか、この人は。
なんだか笑いそうになってしまったが、
「当たり前でしょ、馬鹿ね」
こんな朔也が私は好きだ。