夢(ヴィルラン)

暗い暗い闇の中、ようやく見つけた光は握りつぶされた。

 

「-っ!!」

 

目を開くと、いつも通りの天井だ。
着ていた服が汗でびっしょり濡れているのが分かる。
気持ち悪い気持ち悪い。
息を深く吸うと、それをゆっくり吐き出した。
俺はここにいる。
ここにちゃんと存在している。
隣で穏やかな寝息を立てる存在を思い出し、ほっとする。
寝ている少女のあどけなさに安堵する。
布団をかけなおしてやると、起こさないようにしてベッドから抜け出した。

服を脱ぎ、シャワーを浴びる。
熱いお湯を浴びるとようやく落ち着いてきた。
最近、悪夢を見る。
あれは多分・・・ランを失う夢。
すぐ傍にいるのに、どうしてそんなばかげた夢を見るんだろう。

「・・・ラン」

 

ただ一人、失いたくない少女の名前を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

「どうかしたの?ラン」

久しぶりにユリアナと緑の滴亭でご飯を食べに来ていた。
卒業してから、なかなか会えなくなってしまってけれど、ユリアナはこうしてたまにこちらへ恋人のユアンと遊びに来てくれる。
今日は彼は調べ物があるといって一緒ではないが、最近はちょくちょく一緒に食事もするようになった。

「最近ヴィルヘルムがうなされてるんだよね」

「夢見が悪くて?」

「・・・多分。どんな夢見てるのか聞いてもはぐらかされちゃうんだ」

「そっかぁ」

ここのところ最近ずっとだ。
気付いていない振りをしているけれど、叫び声をあけて飛び起きるときもある。
起きないわけないのに、ヴィルヘルムは私の狸寝入りにさえ気付けない程動揺している。
嫌な夢を見ないようにしてあげることは私には出来ないけど、やっぱりなんとかしてあげたい。

「それならハーブティーとかどうでしょう」

「ハーブティー?」

食事を運んできてくれたコレットが笑顔で頷いてくれた。

「私も寝付けないときに飲んだりするんですけど、リラックスできて良いですよ。
私の少し分けるんで持っていってください」

「え、いいの?」

「はい」

「ありがとう、コレット」

コレットの運んでくれた食事を食べ終わる頃に、お茶の葉を持ってきてくれた。
それをありがたく受け取ると、私は大事にしまった。

 

 

 

「ヴィルヘルム、もうそろそ眠る?」

「ん、そうだなあ」

少し眠そうに目をとろんとさせるヴィルヘルムに気付き、私はコレットから貰ったハーブティーを運んできた。

「これ良かったら一緒に飲もう」

「・・・なんだそれ」

「コレットがくれたの。美味しいんだって」

「へぇ」

カップを受け取ると、口をつける。
どうやら口に合わなかったらしく、眉間に皺がよった。

「・・・うまくねえ」

「でも身体に良いから」

「俺はいいや、ご馳走さん」

まだカップにはハーブティーが残っていて、ゆらゆらと湯気も見えた。
ヴィルヘルムはそのまま寝室へ消えた。

「・・・はあ」

思うように行く人じゃないのは分かっているけれど。
ヴィルヘルムが残したカップに口をつけた。
優しい香りがして、安心するのに。
全部飲み終わる頃には、ヴィルヘルムは眠ってしまっていた。
ため息をつくと、私もベッドにもぐりこむ。
投げ出されてあった手を両手で包むと私も目を閉じる。
コレットがくれたハーブティー、効いてるのかも。
さっきまでの悲しい気持ちが嘘のように、気付いたら眠りに落ちていた。

 

 

それから数時間経ったときだった。
苦しそうなヴィルヘルムの声に目を覚ます。
どんな夢が彼を苦しめているんだろう。
昔の夢?それとも・・・

「・・・めろ、・・ラン」

「え?」

私の名前を苦しげに吐いた。

「・・・うばわないでくれ、そいつだけは・・・っ」

起きているのではないかと思うくらいはっきりとした声に聞こえた。
ヴィルヘルムがうなされている夢はもしかして・・・私がいなくなる夢なの?

「私はいるよ、ヴィルヘルム・・・
あなたの傍にずっといるよ」

眠る彼の手を祈るように握り締める。
どうか、彼を苦しめないで。

 

 

 

 

 

目を覚ます。
相変わらず嫌な夢だった。
息を吐くと、いつものようにランを見る。

「・・・ラン」

左手がランに握られていた。
まるで俺を守るみたいなその両手に、なぜだか泣きたくなった。

「・・・ヴィルヘルム」

「悪い、起こしたか」

「ううん、大丈夫」

ランは俺の手を離すと、上半身を起こした。
まだ外は薄暗い。起きるには早いだろう。

「まだ早いんじゃないか?」

「あのね、ヴィルヘルム」

俺の言葉を遮るようにランが言葉を紡ぐ。

「実は私、ひとつだけ魔法が使えるの」

「はあ?」

照れを隠すためか、こほんと咳払いをするとベッドの上に正座をした。
そうして膝をぽんぽんと叩いた。

「ここに頭乗せて」

「なんだよ、突然」

「いいから」

強く言われ、俺は仕方なくランの太ももに頭を乗せた。
・・・やわらかい
それからランは俺の頭を優しく梳いた。

「私が使える魔法はね、ヴィルヘルム・・・
あなたを幸せにする魔法だよ」

「何言ってんだよ」

「私はあなたが好き。凄く好き。
あなたとずっと一緒にいたいと思ってるし、守ってあげたいっておもうの」

紡がれていく言葉がただただ優しくて、俺は反論する事なんて出来ない。
おとなしく頭をなでられるだけ。

「ヴィルヘルム、これから先何かあって喧嘩したりもするかもしれないけど・・・
私はあなたと乗り越えていきたい。ずっと、ずっとあなたを見つめていたい」

うとうとと、夢の世界に誘われる。
ランの体温と、触れる手、いとおしい声が何もかも流してくれるようだった。

 

 

 

 

 

ようやく眠ったヴィルヘルムの顔を見つめると穏やかな寝顔でほっとした。
魔法が使えるって言った時、ヴィルヘルムは凄く呆れた顔をしていた。
恥ずかしかったけど、今こうしておだやかな表情をしてくれているから良しとしよう。

「ヴィルヘルム」

眠る彼の名前を呼び、私はそっと彼のこめかみにキスを落とした。

「良い夢を」

あなたが恐れる未来なんて来ないもの。
だからどうかー

 

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illustrations by 檸檬様! Thanks!

 

 

 

 

 

 

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