「おい、詞紀」
今日は珍しく、仕事が速い時間に一段落した。
いつもより仕事の量が少ないような気がして智則に確認するが、
『今日はもう大丈夫だから秋房の稽古でも付き合ってやれ』と言われてしまった。
道場を覗きに行こうと歩いていると、その前に空疎様に声をかけられた。
「空疎様、どうかされたのですか?
今日は子供たちとのお勉強会では?」
「それはもう済んだ。
それよりちょっと我に付き合え」
「分かりました」
空疎様の隣を歩き始めると急に肩を抱かれる。
驚いて、彼の顔を見ると何やら嬉しそうにしているので大人しくされるがままになった。
隠すようにしている右腕には何も触れずに・・・
「空疎様、どこに向かっているのですか?」
「ん?特には決めていないが。
たまには二人で散歩も良いだろう」
「そうですね、今日は良い天気ですし」
空を見上げれば雲ひとつない青空だ。
今日の子供たちとの勉強の様子を聞くと相変わらず空疎様は慕われているようで嬉しい。
子供は苦手だ、と以前漏らしていたが最近では慣れてきたんだろう。
げっそりと疲れた顔をする事は減ってきていた。
空疎様の真摯な態度が子供たちに伝わったのなら私も嬉しい。
空疎様が季封村で気に入っている場所のうちのひとつ、河川敷に着く。
肩を抱いている手を離すと、空疎様と向き合う形になる。
「空疎様?」
真剣な顔をする空疎様に鼓動が高鳴るのを感じながら彼を見つめる。
ふ、と優しい顔をして彼は笑った。
「誕生日おめでとう、詞紀」
隠していた右手が持っていたのは綺麗な花束だった。
白と桃色の花で形作られたそれはとても私好みで可愛らしかった。
そして、空疎様が言った言葉をようやく飲み込んだ。
「・・・誕生日?」
「愚か者だな、貴様は。
自分の誕生日を忘れるなんて」
言われてようやく気付いた。
今日が自分の誕生日だということを。
「ありがとうございます、空疎様」
「貴様はもっと自分を大切にしろ。
他の連中の誕生日は覚えているくせに肝心の自分のを忘れる奴があるか」
「はい、すいません」
「さあ、受け取れ」
「・・・はい」
空疎様から花束を受け取ると、私は嬉しさのあまり涙を零していた。
滲む視界に自分自身が一番驚いていた。
「これからは我がもっと貴様を大事にしてやる。
だが、貴様自身も大事にしてやらないとな」
零れる涙が優しく手のひらでぬぐってくれる。
堪えきれなくなり、私は空疎様の胸に飛び込んでいた。
「ありがとうございます、空疎様・・・」
「これくらいなんでもない。
我は貴様の夫だぞ」
「はい・・・っ!」
抱きしめてくれる彼の腕に愛おしさをより感じながら涙が収まるまでそのままでいた。
しばらくして落ち着くと、空疎様と手を繋いで歩き始めた。
「空疎様がお花をくださるなんて凄く嬉しいです」
「ふ、貴様の好きなものくらい分かるに決まっているだろう」
「ふふ、そうですね」
繋がれた手がたまらなく愛おしい。
宮へ戻るはずなのに、空疎様はわざと遠回りの道を選ぶ。
不思議そうにする私を見て、彼は優しく微笑んだ。
「どうせ宮に戻れば、貴様と二人の時間が奪われるだろう。
少しくらい遠回りしても構わないだろう」
空疎様の言葉の意味が分かるのは、宮に着いて秋房が誕生日おめでとうございます!と飛び出してきた時だった。
驚く私を見て、空疎様はまた優しい顔をしてくれていた。