※楓END後の二人で逃げてるお話です。
有心会を飛び出して、どういう経緯かなんだかよく分からないけれど私は今、楓と二人で暮らしている。
暮らしているといっても仮住まいだから、またその内移動しなければ政府か有心会に見つかってしまうだろう。
どちらにも属さない人に偶然出会い、色々な情報を教えてもらった。
「お嬢、俺ちょっと出てくるから。
大人しくしてろよ!」
「うん、いってらっしゃい」
今日も情報収集へと向かう楓を玄関まで見送りに出ると、彼は少し頬を赤らめた。
「・・・おう、いってくる」
ばたん、とドアが閉まるのを見送ると部屋の片づけを始めた。
今の生活が人質になっていた時と何が違うのかと言われたらあまり大差はないのかもしれない。
追手から逃げる日々。外も自由に出ることは出来ない。
けれどあの時の押し潰されそうな不安はなかった。
それは多分、楓が味方でいてくれるから。
最初はただの見張りと人質という関係だったのに。
今では恋人のように寄り添うようになった。
(・・・恋人ではないか)
元見張り番と人質なんて聞いたらみんな目を見張るだろう。
だから逃げる時に私たちは恋人だと周囲には言っていた。
楓が出かけている間にする事といえば部屋の掃除や料理、洗濯だった。
料理と掃除は昔から好きだったのもあり、そこまで苦労はしていなかった。
(でも、こうしていると楓の奥さんみたい・・・)
なんて馬鹿みたいな考えに自分で戸惑っていた。
そんな風に時間を過ごしていると、夕方くらいには楓が帰ってきた。
「ただいまー」
「お帰りなさい、お疲れ様」
「ああ、お嬢。かわりなかったか?」
「ええ」
「これ」
楓が袋を私に差し出す。
なにかと思い、受けとって中身をみるとクッキーが入っていた。
「わあ、どうしたの?これ」
「近所の奴にもらった。
その・・・可愛い奥さんにどうぞって」
「・・・っ!奥さんだなんて」
「だ、だよなー!」
赤い顔を誤魔化すように二人で笑う。
楓の目が泳いでいて、もしかして楓も意識してるのかと思うと胸がきゅっと締め付けられた。
「ご飯の用意出来てるから、座ってて」
「あ、ああ!」
二人しかいないこの部屋がなんだかもどかしかった。
他の人から見たら私は楓の奥さんに見えるんだ。
なんだか嬉しくて、零れる笑みをこらえきれずそのまま料理の準備を進めた。
楓は野菜が苦手だと言っていたので味付けを工夫するようにしてから、いつも喜んでご飯を食べてくれる。
そんな姿を見て、私もほっとしていた。
「ねぇ、楓」
「ん?なんだ、お嬢」
食事を済まし、二人で番茶をすすっているとき。
私は思い切って以前から思っていたことを切り出した。
「私のこと、そろそろお嬢って呼ぶのやめない?」
「え?」
ずっと気になっていたのだ。
おそらくトラが私のことをお嬢って言うから楓もそう呼ぶのだろう。
「だって、私たち恋人を装ってるんだからやっぱり名前で呼び合ってる方が自然かな・・・って」
「あ、ああ!そういう事か!
ああ、分かった」
ごほん、と咳払いをして私を見つめる。
「撫子さん」
「なんでさんづけなの?」
名前を呼ばれたのは嬉しいが、さん付けなのは納得いかない。
思わずつっこんでしまうと、がしがしと頭を掻いた。
「だってお嬢・・・じゃなかった撫子さんは年上だろ?
当たり前じゃないかよ」
「呼び捨てにして。
私たちは恋人に見えるようにするんだから」
恋人に見えるように、なんて関係なくて。
本当は私が呼んで欲しいからそうお願いしているだなんて言えない。
「・・・撫子」
「・・・っ」
自分から言わせておいて、私は自分の体温が上がるのを感じた。
どうしよう、嬉しい。
「ああ、なんだよ!恥ずかしいな、こういうの!
俺、風呂入ってくる!」
「え、ええ・・・」
私より赤くなった楓は誤魔化すように浴室がある方へと逃げて行った。
その背中を見つめながら私は残ったお茶を飲み干した。
(どうしよう、楓の顔見れるかしら・・・)
楓を明確に意識し始めたのはこの頃からだったかもしれない。