狐邑くんと付き合うようになってからは休日は彼と過ごす日になった。
どこかに出かけたり、私の部屋に遊びに来たり。
そんな時間がとても幸せに感じていたある日のこと。
「ねえ、沙弥先輩。明日は公園にでも行きませんか?」
「公園?いいけど、どうかしたの?」
「やったー!じゃあ、愛情一杯のお弁当つくってくださいねー!」
学校の帰り道。
狐邑くんからそんなお誘いを受けた。
公園でのんびり過ごすのは好き。
だけど、活発に動きまわるのが好きな狐邑くんが公園に行きたがるのがなんだか意外だったから驚いた。
休日の朝、いつもより気合を入れてお弁当を作り、約束の時間になると狐邑くんが迎えに来てくれた。
「良い天気ですね、先輩」
「うん、そうだね」
手を繋いで公園を目指す。
きゅっと繋がれる手は、恋人同士だといっているみたいでいつまで経っても嬉しくて、恥ずかしい。
公園に着くと、家族や私たちのような人たちがまばらにいた。
空いているベンチを探してきょろきょろしていると、くいっと狐邑くんに引っ張られる。
「沙弥先輩、あっちにしましょうよ」
彼が示すほうを見ると芝生があった。
確かに芝生で過ごすのも良いかも。
「あ、でも敷く物持ってきてないの」
「だいじょーぶです!俺が持ってきてるから」
私の荷物と一緒に持っていたカバンを得意げに見せる彼に私は笑みを零していた。
「さすがね」
「当然です」
芝生に着くと、彼が持ってきたビニールシートを開きそこに座る。
時刻はお昼少し前。
「もうお弁当にする?」
「俺、おなか空いてるんで食べたいですー。
なんてったって先輩が愛情込めて作ったお弁当を食べるために朝飯食べてないんで」
「もう・・・身体に悪いよ?」
「まぁまぁ。一食くらいたいしたことないですよ」
作ってきたお弁当を広げる。
中はサンドイッチとから揚げ、タコさんウィンナー、卵焼き、プチトマトといった定番メニュー。
「おー!豪勢ですね!」
「そうかな?ありきたりかなって思ったけど」
「そんな事ないですよ、いただきまーす」
狐邑くんは嬉しそうにサンドイッチを頬張る。
喜んでくれて良かった。
狐邑くんを見つめながらほっとしていると、視線がぶつかる。
「沙弥先輩は食べないんですか?」
「あ、狐邑くん見てたら忘れてた・・・」
「・・・沙弥先輩はたまにぶっこんできますよね」
「え?」
どういう意味だろうか、と彼を見ると狐邑くんは私から視線を逸らした。
その頬は少し赤くなっていた。
「ほら、食べないと俺がぜーんぶ食べちゃいますよ!」
照れを誤魔化すように狐邑くんはぱくぱくとお弁当を食べていく。
それにつられて、私も慌ててサンドイッチを頬張るのだった。
「ご馳走様でしたー」
「お粗末様です」
ごろりと横になる狐邑くんを穏やかな気持ちで見つめる。
「あ」
「どうかしたの?」
「沙弥先輩!大変申し訳ないんですけど、飲み物買ってきてもらってもいいですか?」
がばりと起き上がると、私の手をぎゅっと握ってそんな事を言う。
その手には小銭を握らされ、私は少し驚く。
「う、うん。いいよ。いつものでいい?」
「はい!お願いしまーす!」
いつも私が買いに行こうとすると、彼は自分が買いに行くといって譲らない人だから。
珍しいこともあるんだなぁ、なんて思いながら自動販売機の元へと向かった。
二人分の飲み物を買って、狐邑くんの元へ戻ると彼は起き上がって両手を後ろに隠していた。
「お待たせ」
「ありがとうございますー!」
飲み物を差し出すと、笑顔でそれを受け取る。
「先輩、ちょっとだけ目閉じてもらってもいいですか?」
「え?うん」
隣に座り、彼に言われたとおり目を閉じる。
「・・・無防備なんだから」
「何か言った?」
「いいえー。はい、どうぞ」
ぽすっと頭に何か置かれる音がして、私は目を開ける。
そっと手を伸ばすと、優しい感触。
「かんむり?」
「そうです!俺の愛が詰まった花冠です!」
狐邑くんは鏡を私に向けて、それを見せてくれる。
そこには蒲公英とシロツメクサで作られた冠をしている私がいた。
「わぁ・・・すごい!ありがとう、狐邑くん!」
「いえいえ。お姫様みたいで可愛いですよ」
さらりとそんな事を言われて、私は顔が熱くなる。
「お姫様みたいっていうのは言いすぎだと思うの」
恥ずかしさについそんな台詞を言ってしまう。
「んー。沙弥先輩は俺だけのお姫様、ですよ」
私の手を取ると、そっと手の甲に口付けされる。
「・・・ありがとう」
「いいえ、喜んでもらえてよかったです。
今日は記念日ですから」
「・・・記念日?」
「今日は付き合い始めてから一ヶ月ですよー。
こういうのは普通女の子のほうが意識しちゃんだと思うんですけど?」
呆れた、というように狐邑くんは言葉を並べる。
申し訳なくなって、多分困った顔をしていたのだろう。
狐邑くんが、ふと優しい表情に変わった。
「そんな困った顔しないでください」
私の肩を抱き寄せると、唇が触れ合った。
「これでチャラにしちゃいます」
「・・・っ」
「沙弥先輩、顔まっかー」
「もう・・・狐邑くんのせいだよ」
「はい、俺のせいですね」
顔を見合わせると、自然と笑っていた。
「沙弥先輩、大好きです。
これからも俺の隣にいてくださいね」
「うん!」
私は今日一番の笑顔を彼に見せた。