寝顔を見せて(ソウヒヨ)

割り振られた掃除も終わった後、自室も少し片づけようと籠っていた午前中気づけば夢中で掃除をしていた。
監視者さんにお願いすればあっという間に綺麗になるとは分かっていても自分の手で綺麗にするのは気持ちが良いものだ。
それに何かに集中していると余計な事を考えなくて済む。

「こんなところでいいかなぁ」

両手を腰にあて、部屋を見回す。いつもより丁寧に磨いた床は輝いて見える気がした。

(そういえば喉乾いた。下に降りようかな)

そういえば朝食以降、何も水分をとっていなかった。ここでは熱中症にはならないだろうけど、気を付けないとトモセくんに怒られてしまうなと思いながら、階段を降りる。昼間はほとんどの人が出払っていて、リビングは静まり返っていた。
そのままキッチンへ行こうとすると、ダイニングテーブルに突っ伏している後ろ姿を見つけた。

「凝部くん?」

そっと声をかけるが返事はない。ゆっくりと顔を覗き込むと、凝部くんは目を閉じていた。

(あ、寝てるんだ…なんでこんなところで寝てるんだろう)

そう思いながらもいつもは口を開けば周囲を巻き込んで良くも悪くも騒がしい彼が静かに寝入っている姿は新鮮で…思わず見つめてしまう。

(凝部くんって意外と睫毛長いかも)

顔にかかる髪の毛もさらさらとしていて、もしかしてきちんと手入れもしているんだろうか。私の髪よりも手入れされているかもしれないと思ったらなんだかいたたまれない気持ちになってくる。

「そーんなに見つめられたら、穴が開いちゃいそうなんだけど?」
「!!!」

ぱっと凝部くんの目が開く。
まさか起きると思っていなかったので、私は驚いて一歩下がろうとするが凝部くんの手が伸びてきて、距離が取れない。

「ごめん、起こした?」
「ううん。ずっと起きてたから」
「ええ!?」

悪びれた様子もなく、凝部くんは言葉を続ける。

「僕は寝てるなんて一言も言ってないし、君が勘違いしただけだよね?
それとも何?僕の寝顔が見たかったとか?」
「別にそんな事は言ってないよ!」
「えー、ヒヨリちゃんが見たいっていうなら見せてあげてもいいのに。僕の寝顔。
でも、その時はここじゃなくてヒヨリちゃんのへ……」

凝部くんが最後まで言い切る前に、突如現れたトモセくんが私の腕から凝部くんの手を振り払った。

「凝部さん、なんでヒヨリの腕を掴んでいるんですか。離してください」
「げっ、トモセくん。今いい所だったのに~」
「何がいい所ですか。そもそも凝部さんまだ掃除終わってないでしょう。早くやってください」
「はいはーい。トモセくんもお母さんみたいだね~☆あ、褒めてないよ」
「褒められてるつもりもありません」

けだるそうに椅子から立ち上がると、トモセくんに引きずられるようにして凝部くんがその場を去っていった。

(びっっっくりしたぁ)

凝部くんに掴まれた部分をそっと手で押さえる。
そこだけ熱を持ったみたいに熱く感じるのは、彼の手が温かったからだ。そう思う事にしよう。

(凝部くんの冗談には困るな)

時折見透かすように私を見つめる瞳に居心地の悪さを覚える時がある。
私はため息をつきながら、飲み物をとるために冷蔵庫を開けるのだった。

 

 

◆◇◆◇

「なんて事もあったなぁ」

アルカディアにいた頃をふと思い出す。
目の前では気持ちよさそうにすやすやと眠る私の彼氏。
学校を休むと一言連絡があったので、様子を見に凝部くんの家に立ち寄った。
チャイムを鳴らしても応答がなく困っていると、家に忘れ物を取りに戻ってきた凝部くんのお母さんと出くわした。何度か会った事があったため私を見て、すぐ誰か分かってくれたらしく私を招き入れてくれた。
すっかり親公認になった私の凝部くん家の訪問。そっと彼の部屋に入ると、凝部くんは机に突っ伏して眠っていた。

狸寝入りをしていた彼にからかわれた事を思い出す。
ああやって揺さぶりをかけられて、気づけば凝部くんから目が離せなくなった。
そっと手を伸ばして、彼の髪に触れてみる。
ああ、やっぱりさらさらしていて、私の髪より綺麗だ。
これは彼女として負けるわけにはいかないな、と帰りにドラッグストアに寄ってヘアトリートメントを新調しようと考えていると、凝部くんの瞼がゆっくりと開いた。

「おはよう、凝部くん」
「…え、はぁ?!なんでキミが…!」

私の姿を見て、凝部くんは意識が覚醒したのか驚きのあまり声を上ずらせた。

「お母さんにいれてもらっちゃった☆凝部くってば気持ちよさそうに寝てるんだもん」
「いやいや、なんで俺の寝顔見てるの」
「だって可愛いから」
「はあ?」
「それに凝部くん、前に言ってたよね。私が見たいならいつでも見せてあげるって」

にっこりと笑って見せると、凝部くんは不貞腐れたように私から視線を逸らす。
その頬が少し赤く染まっている事に気づいてしまった。

「ふふ」
「何その笑い方」
「ううん、なんでもないよ。凝部くんの事が好きだなぁって思っただけ」

あの頃は気づけなかった彼の可愛い部分を見つける度に愛おしく思う。
寝顔もきっとそのうちの一つ。

凝部くんからの反撃のキスをもらうのは、また別のお話。

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