可愛い人(宮玲)

「美味しい焼酎が手に入ったんです。良かったらどうですか?」

なんてにこにこと笑顔を浮かべた豪さんに誘われたら首を縦に振る事しか出来ないのは私だけじゃないはず…
ここのところ毎日午前様まで働いて、ようやく案件が片付いてもぎ取った休暇前日の夜。
豪さんの顔が見たくなって、疲れた体で彼の家を訪れた。
家に入る前、手鏡で髪や化粧を三回チェックした私は「これなら大丈夫!」と意気込んで訪問したが、開口一番「疲れた顔してますね、お疲れ様です」なんて言われてしまって、豪さんには隠し事が出来ないなぁと苦笑いを浮かべた。
小腹をすかせた私のために、手早く夜食を用意してくれた豪さんは思い出したかのように戸棚から焼酎を取り出した。

グラスに注がれていく焼酎を目を輝かせて見つめていると「玲さんは焼酎が大好きなんですね」と豪さんに笑われてしまう。

「焼酎、美味しいじゃないですか」
「僕も好きですよ」
「本当ですか? 嬉しいです!」
「でも玲さんの事の方が大好きですけどね」

さらりと言われる甘い言葉に慣れたつもりでも、やはり私の心臓はときめいてしまう。赤くなった顔を見て、「玲さんは可愛い」と豪さんは嬉しそうに笑った。

(…豪さんだって可愛いくせに)

穏やかに微笑む笑顔とか、たまにドジをするところとか、『猫さん』と猫を呼んで、猫語を話しちゃうところとか。
みんなに敬語で話すのに、私にだけは時々それが崩れちゃうところとか。
可愛いと思うところを挙げたらキリがない。

焼酎が注がれたグラスをそれぞれ持ち、小さく乾杯する。

「お疲れ様です」
「豪さんもお疲れ様です」

それから会えなかった時間のとりとめのない話を始める。
例えば、今日の九条家での出来事。今日はハンバーグを作ったら桐嶋さんが大喜びした事とか、庭のスイートピーが綺麗に咲いたとか。
私は仕事に関係のない話、青山さんに新しいレシピをこっそり教えてもらったとか。合気道の練習を兼ねて電車の中でバランス感覚を養おうとして手すりにつかまらないでいるとか。

「バランスボールとか良いんじゃないですか?」
「ああ、確かに! でもああいうのが部屋にあるとはしゃいじゃいそうですよね」
「はしゃいじゃうって…想像するだけで可愛いですね」
「じゃあ私は豪さんで想像しちゃいますからね」

焼酎を一口、また一口と飲む。豪さんのペースに合わせて飲んでいるとあっという間にグラスが空になった。
二杯目をつぐ豪さんの手を黙って見つめていると少しだけ熱のこもった瞳が私をとらえる。

「困りましたね、ちょっとだけ酔ってしまったかもしれません」

そういって豪さんは私の頬をするりと撫でる。
その指先はひどく熱い。私は少しだけ上目遣いで彼を見上げる。

「私、豪さんの嘘は分かるんですよ」

これくらいのお酒じゃ酔わない事なんてとっくの昔に知っている。
私も普段なら一杯くらいじゃ酔わないけれど、今日はもうすっかりアルコールが回ってしまっている。疲れた体にはお酒が染みる…それだけじゃなく、豪さんの存在も。

「私も少し、酔っちゃったかもしれないです」

だから私は素直に言葉にし、普段なら恥ずかしくて出来ないけどお酒の力を借りて甘えるように豪さんの肩にそっと寄りかかる。

「今日は泊まっていける?」
「…うん、そのつもりで来ました」

会える時間はめいっぱい傍にいたい。甘やかしたいし、甘やかされたい。
九条家に潜入捜査してた頃はずっと一緒にいれたから今が少し寂しく感じる事もあるけれど、お互いの居場所で頑張って、そして休む時は寄り添える、そんな今がとても好きだ。

豪さんがもう一度私の頬に触れる。
重なった唇から漏れる甘い息と、温度に私は安堵するように彼の背中に手を伸ばした。

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