「市香ちゃん、市香ちゃん。」
うたうように好きな人の名前を呼ぶ。
くすぐったそうに彼女は振り返って、微笑んだ。
「どうしたんですか、白石さん」
手には猫じゃらし。
今日も、野良猫たちが集う場所に二人でやってきた。
市香ちゃんは「今日は凄いものを持ってきたんです!」と得意げに取り出したのが猫じゃらしだった。
猫たちの前でふりふり揺らすと、猫たちは「なんだ、それは」というように警戒した目つきをする子や、全く興味ありませんといわんばかりに毛づくろいを始める子と様々だ。
「振り方が駄目なんじゃない?それ」
「そうですかね…」
むうと少し膨れた表情も可愛くて、頬が緩む。
「貸して」
市香ちゃんから猫じゃらしを借り、ゆらゆらと揺らしてみる。
すると、先ほどまで毛づくろいをしていた猫がさっと前足を出してきた。
「あっ!凄い!」
猫のじゃれる姿を見て、市香ちゃんは嬉しそうな声を上げる。
その拍子に市香ちゃんの手が俺の腕に触れた。
「白石さん、慣れてますね」
「そうでもないよ」
猫じゃらしを振ると、猫たちも喜ぶし市香ちゃんも楽しそうだ。
凶悪事件の真っ最中なはずなのに。
どうして市香ちゃんといるとこんなにも穏やかで優しい時間が流れるのだろうか。
「俺、生まれ変わったら猫じゃらしになるよ」
「え?」
「だから市香ちゃん、猫に生まれ変わって俺で遊べばいいよ」
自分で言ってみてなんだが、案外楽しそうな気がしてきた。
「それなら白石さんも猫に生まれ変わって、一緒に遊びましょ」
「……そっか」
同じ土俵に立つ事すら、自分の意識になかった事を思い知らされる。
それと同時に市香ちゃんは生まれ変わっても俺と一緒にいてくれるらしい事実を聞いて、胸が震える。
「うん、そうだね。それがいい」
生まれ変わったら、何のしがらみもなく、君と一緒にいられたら。
それが一番良いな。