Memory(ロン七)

今の私を形成するために不可欠なのは、あの船の上での出来事だ。
あんなに大勢の人との共同生活は初めてだったし、初めて年の近い女の子とも親しくなった。
そして、私は……

 

「ねえ、七海」

二人で街を歩いていると、ロンが私の手を引っ張った。

「なに?」

「あそこに人だかりが出来てる」

ロンが指さした方を見ると、街の一角に人が集まっていた。
何かを取り囲むようにしている人は、ほとんどが子どもだった。

「あなたが気にするなんて珍しい」

「そう?」

ロンは私以外の事にあまり興味を持たないから。
珍しくロンが気にした場所だ。それに私も何をしているのか、気になる。

「いってみよう」

「うん」

ロンは繋いだ手を握りなおすと、子どもたちが集まる一角へと歩き出した。
近づくにつれ、何やら聞き覚えがあるようなないような鳴き声が聞こえてきた。

「…!」

しゃがみこむ子ども達の後ろに立って覗いてみると、そこには沢山に小さな黄色い物体が箱の中で所狭しと動いていた。

「ひよこ…」

そう、それはひよこだった。

そういえば聞いた事がある。
縁日などのお祭りで、ひよこが売られている事を。
もしかしてその類なのかもしれないけれど、こんなにたくさんのひよこを見たのは初めてだ。

「船にいたひよこさんたちとは違う」

船にいた頃、料理を作ってくれたり、掃除をしたり…ひよこさんたちは忙しなく働き、時折宿吏さんを怯えさせていた。
あのひよこさんたちはきっと船にしか存在しないんだろう。
そして、今目の前にいるひよことは違う存在だろう。

「七海?」

ぼうっとしている私を不思議に思ったのか、ロンが私の名前を呼んだ。

「美味しそうだね」

ひよこさんを見つめながら、とんでもない事を口にする。
まわりにいる子どもたちに聞こえてないようで、少しだけ安心した。

「…食べ物じゃない」

「そう?こんなにたくさんいるんだから食べてもいいんじゃないかな」

「食用として売られているわけじゃない」

「ふーん。美味しそうなのに」

残念だ、とロンは全く残念じゃなさそうに呟いた。
今のロンには、あのひよこさんたちの記憶はない。
いや、そもそも彼の記憶があったとしてもひよこさんたちの事を覚えているか怪しいところだ。

「行こう、ロン」

船での出来事は私にとって大切な記憶。
こはるさんや、深琴さんと出会えた。
宿吏さんや、市ノ瀬さんとも再び出会った。
そして、ロン…あなたと出会ってしまった。

「そうだね、七海」

今度は私から強く手を握りなおす。

出会った時、船での記憶、その全てを共有出来なくても。
私とロンは今こうして一緒にいる。

「今日は一緒に寝ようね」

「…ベッドは分けるべき」

「そうかな。一つしか使わないんだから一つで十分だよ」

ぴぃぴぃと可愛らしい鳴き声に、あの頃を思い出したけど。
私は今日も明日も明後日も、この人といたい。
ただ、それだけだ。

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