小さい頃の私は、耶告の手のひらが大好きだった。
耶告の手は魔法の手。
美味しいご飯だってお手の物。
私の髪を可愛く結い上げてくれた時は嬉しくて、鏡から目を逸らせなかった。
そしてー
「紘可」
管理人室にあるソファの上でごろごろしていると、耶告がいつも通り呆れたようなため息をつく。
私は聞こえないふりをして、目を閉じていると、しびれを切らしたのか耶告が私の名前を呼んだ。
「お前、女子高生がなんつー格好を」
「ジャージだもん」
「休みの日にジャージでだらだらしてないで友達と買い物でも行って来ればいいだろ」
耶告の言う事も一理ある。
だけど、滴とは先週買い物に行ったばかりだ。だから今週は耶告のいるところでだらだらすると決めていたのだ。
「休みの日なのに、仕事あるの?」
「あ? ああ、俺か。仕事っていう程のもんじゃないけど」
「…耶告こそどこか出かけてくればいいのに。
いっつも管理人室にいる」
「お前たちが授業中とかに休み取ってるから大丈夫だ」
それは管理人として大丈夫なのだろうかと思ったが、耶告の仕事に首をつっこんでも仕方ない。これ以上何も言うまいと口を閉ざす。
もう耶告の事は気にしないで一眠りしようと反転する。
狭いソファでも心地よく寝る術は熟知している。
眠りに落ちそうになったその時、耶告が動く気配がした。
「心配してくれてたんだな、ありがとな」
私の頭を優しく撫でる手。
子どもの時はなんて大きな手なんだろうって驚いた。
私も大人になったら、耶告のように大きな手になるのかもしれないと少しだけワクワクもしていた。
成長するにしたがって、耶告と私の手のひらの大きさは近づいていった。
だけど、耶告の手は男の人の手だ。
さすがに私が耶告に追い越す事はないと気付いた。
大きな手のひらで、私を安心させてくれた耶告みたいに。
私も耶告を安心させたいなんて小さい頃の私は考えていた。
今はもうなかなか耶告の手に触れられなくなったが、その気持ちは今も変わっていない。
「やつぐ……」
眠くて、もう目は開けられない。
耶告の名前を口にすると、一瞬耶告が息を飲んだ気がした。
「…ったくしょうがないな」
耶告が何を思って、そう口にしたのかは分からないけど。
きっと目が覚める頃には、私の頭を撫でてくれている手で美味しい料理を作ってくれているだろう。
出来る事なら焼肉がいいけど、贅沢は言わない。
耶告が作るものならなんでもいい。
だから、私が眠りに落ちても。
その手を離さないで。