「ただいまっす~」
「あ、おかえり。綴くん」
誰もいない談話室で、書類を書いていると綴くんが帰ってきた。
今日は自宅に寄ってくると朝聞いていたのだが、思ったより早い帰宅で少し驚く。
「って、なんかボロボロだね」
「はは、久しぶり…っていっても先週会ったばっかりだったんすけど、弟たちがはしゃいじゃって」
弟たちと全力で遊んできた名残が垣間見えるボロボロ具合だ。
上着を脱ぐと、アイロンを綺麗に当てていたシャツは皺だらけだった。
「お疲れ様。お茶でも飲む?」
「いや、そんな悪いっす」
「私も今ちょうど飲もうかなって思ってたところだから」
「それならお願いします…」
「うん」
冷蔵庫を開け、臣くん特製のハーブティーをグラスに注ぐ。談話室に戻ると、綴くんは両手をソファに預けて伸びていた。
「はは、お疲れ様だね」
「さすがに脚本を仕上げた次の日に弟たちと遊ぶのはきついっす」
「そうだよね、いつもならぐっすり寝てるところなのに」
「下の弟が誕生日だったんで、行かないわけにはいかなかったんですけどね。
あ、ありがとうございます」
余程喉が渇いていたんだろうか、グラスを受け取り、お茶を一気に飲み干す。
隣に座り、私もお茶を一口。
ハーブティーは体に良いんだと言っていたけど、確かに普通のお茶より飲んだ時すっとする。
「綴くんはいいお兄ちゃんだね」
「そんな事はないですけど、弟達はやっぱり可愛いっすね」
そう言って笑う綴くんはどうみても優しいお兄ちゃんだ。
「春組のお兄ちゃんでもあるしね」
「まぁ…至さんはお兄ちゃんって感じしないですしね」
「至さん、お姉さんいるって言ってたはず」
「あー…っぽいっすね」
シトロンくんは不明だが、弟や妹がいるのは、春組では綴くんだけだ。
お兄ちゃんっぽいのは納得いく。
「明日はゆっくり休んでね、お兄ちゃん」
「っす。…て、監督にお兄ちゃんって言われるのはちょっと照れます」
「そう?」
「そうっす」
そういうものか…と少し頬が赤くなった綴くんを横目で見る。
ふと、綴くんはテーブルの上に広がる書類に目を落とした。
「監督、まだ仕事あるんですか?」
「あ、うん。明後日もって行かなきゃいけないやつなんだ。
最初、部屋でやってたんだけど煮詰まっちゃったからここでやってたんだ」
「あー分かります。気分転換、大事っすよね」
「綴くんは部屋で集中してるタイプだと思った」
「あー、脚本はそうですけど。勉強する時とかはちょっとうるさい方が捗りますね」
「たまにカフェとかでやると捗るのと一緒だね」
「そういうもんすよ」
頷いて、綴くんは立ち上がった。
「ご馳走様でした」
「いえいえ」
綴くんは軽く咳払いをすると、私の頭に手を伸ばした。
「あんまり無理したら駄目だぞ、いづみ」
「え…?」
「なんちゃって。おやすみなさい」
「お、おやすみ…なさい」
綴くんはグラスを台所に片付けると、何事もなかったように自分の部屋へ戻っていった。
ぽんぽんと撫でられた頭に思わず手を伸ばしてしまう。
(…綴くんはたまにお兄ちゃんパワー全開で……ずるい)
書きかけの書類に視線を落とすと、今日はもう集中出来ないかもしれないと飲みかけのハーブティーをさっきの綴くんのように一気に飲み干した。