約束をして会う間柄ではない。
けれど女の格好をして、聞き込みをしている時なんとなくあの人の姿を探す自分がいた。
「ぷう!ぷう!」
「ん?ウサギ、どうしたの?」
屋台の近くを歩いていると、偶然ウサギに出会った。
いつもエルリックと一緒にいるのに珍しいなと思いつつ、ウサギの傍に寄ると私の胸元目掛けて飛び込んできた。
「エルリックとはぐれたの?」
「ぷうう」
エルリックのようにはウサギの言っている事は分からない。
だけど、この反応ははぐれたわけではないという事だろうか。
教会に送り届けてあげた方が良いかもな、と思い今日のところは聞き込みをやめようとして、方向を反転させようとしたその時だった。
「おい」
背後から声をかけられ、肩を叩かれる。
「はい、なんでしょうか」
と振り返ると、そこにいたのはルーガスだった。
驚いて思わず叫んでしまいそうになるが、そこはぐっと堪えた。
「こ、こんにちは」
「ぷう!」
ウサギも挨拶するみたいに一声鳴く。
ルーガスは私が抱えているウサギに目をやると見覚えがあったのか、眉間に皺が寄る。
「…そのウサギ」
「ああ、知人の飼っているウサギなんです」
飼ってるんじゃない!!とエルリックがいたら怒鳴られそうだけど、この場はそう説明した方が分かりやすいだろう。
ごめんね、ウサギ…と思いつつウサギを見ると、当のウサギは鼻をひくひくさせていた。
「ウサギ?どうかしたの?」
「ぷうぷう!」
「もしかして、これか?」
ルーガスは手に持っていた紙袋を開き、私へ差し出した。
中を覗くと香ばしい香りがしてきて、香りだけで胃が刺激される。
「焼き菓子だ。ティへの土産に買ったのだが買いすぎた。食べないか?」
「いいえ、そんな!私へなんて…それより早く持って帰ってあげた方が喜ぶと思いますよ」
「だが、今ティはダイエット中だ。あまり沢山持って帰ってもティが悩む。
それならいいだろう」
いいわけあるか、と言いたかったが、ルーガスの顔を見ると困ったような恥ずかしそうななんとも言えない顔をしていた。
慣れない事をしているのだろうか。そう思うとなんだか可愛らしく思えてくすりと笑ってしまった。
「…それなら一緒に頂きませんか?」
「俺は別に」
「一人で食べるより、二人で食べた方が美味しいと思います」
「そうか、それなら一緒に食べよう」
ルーガスはそう頷くと、私はウサギを抱えたまま一緒に移動する。
以前はベンチにそのまま座ったが、ティを見習ってハンカチを取り出して敷く。
そしてその上にそっと腰掛けた。
「では頂きます」
ルーガスの紙袋から一つ取り出すと、私はぱくりと一口食べた。
以前食べた焼き菓子も美味しかったが、これも劣らず美味しい。
ドライフルーツが練りこまれているらしく、果物の甘味が口に広がる。
ウサギも欲しそうな顔をして、じぃっと焼き菓子を見つめていたので食べやすい大きさをちぎってウサギに手渡す。
「ぷう!」
「ウサギも美味しい?」
「ぷうぷう!」
「…お前はこのウサギが話すことが分かるのか」
「いいえ、分かりませんけど。なんとなくです」
「そうか」
ルーガスは私たちのやり取りを見ながら、パクパクと焼き菓子を平らげる。
私はまだ半分も食べていないのに、ルーガスは食べ終わるのが早い。
「あなたも…美味しかったですか?」
「ああ、美味かった」
ルーガスは本当にそう思っているのか分からないような顔で答えた。
私は食べ終わるのが惜しいくらいしっかり味わっていた。
自分で作れたらいいのに、と思うがドライフルーツは意外に値が張る。
今度…今度機会があったら作ろう、とひっそり決意をしながら最後の一欠けらを飲み込んだ。
「ドライフルーツがこんなにたくさん入った焼き菓子は初めてです。ご馳走様でした」
「ああ、もっと食べるか?」
「いえ、それは持って帰ってあげてください」
「…そうか」
ふとルーガスの口元を見ると、焼き菓子の欠片がついている事に気付いた。
「あ、ちょっと待ってください」
私は手を伸ばし、ルーガスの口元に触れる。
「-っ!」
ルーガスは驚いたように動きを止めた。
よく見ると、頬が赤くなっている。
そんなルーガスを見て、私は自分のした行動に気付いた。
「あ、ごめんなさい!ついていたからつい!!」
「いや、お前に触れられるのなら構わない」
ルーガスのその言葉に思わず胸が高鳴った。
「ご馳走様でした!!それじゃあ、私はウサギを送っていかなきゃいけないので!!」
「待て」
恥ずかしさのあまり逃げ出すようにウサギを抱えなおし、その場を去ろうとする。
「また会えるか?」
「…ええ、近いうちに」
「それでは約束を」
「ぷうぷう!!!」
私が困っているのが伝わったのか、ウサギは私の腕の中を飛び出し駆け出した。
「あっ!ウサギ待って!!ごめんなさい、それじゃあ!」
ルーガスが何か言った気がするが私は振り返らないでウサギを追いかけた。
角を曲がるとウサギはちょこんと座って私を待っていてくれた。
「ウサギ…ありがとう」
「ぷう!」
走ったせいなのか、それともルーガスのせいなのか。
いつもより高鳴っている鼓動を沈めるように私は深呼吸をした。
「ぷうぷう!」
ウサギは目を輝かせて私を見上げる。
それはなんだか恋の話をしたがるロレンスに似ていた。
「そういうのではないよ、ウサギ」
私はウサギの頭を撫でて、そっと抱き上げた。
「さて、教会に帰ろうか」
「ぷう!」
ウサギと私とルーガスと。
不思議な取り合わせで過ごした時間は案外悪くなかった。
また今日みたいに過ごせたら楽しいな、なんて考えながら私は笑みを零した。