「よっ、アリシア」
なんでもないある日の午後。
ふらりと私の前に現れた実兄。
「あんた…私のところばっかり来ていて大丈夫なの?」
「お前のところばっかり…てわけじゃないけど。まぁ、大丈夫だよ」
へらりと笑うのは相変わらず。
セラスに守られて、家のなかでごろごろとしている私のことが心配なのだろうか。
マイセンは私のところに頻繁に会いにくるようになった。
私がまだ姫だった頃は滅多に帰ってこなかったくせに。
今更時間や距離を埋めるようにマイセンは私のところへ足を運んだ。
「それより家にばかりいて暇だろ?お兄様とデートしよう」
「…は?」
「なあ、アリシア。恋っていいものだぞ。人生を豊かにする」
「…実の兄の恋愛事情なんて聞きたくないんだけど」
「まあ、お兄様はモテるからな」
「ふーん」
言われなくてもきっとこの男は色々な女性に好意を寄せられただろうということくらい容易に想像つく。
「だからそんなお兄様にエスコートされたくないか?」
「されたくないわよ。なんであんたとデートなんて」
呆れて思わずため息が出た。
マイセンをちらりと見ると、少しだけ淋しそうな表情をしていた。
ああ、マイセンのああいう顔今まで何度も見てきた。
「しょうがないわね…デートなんてお断りだけど、気晴らしに買いものに付き合ってよ、お兄様」
そんなマイセンの顔を見たくなくて、私は冗談めかして兄の誘いを受ける。
マイセンはゆっくり瞬きすると、いつものように軽薄な笑みを浮かべた。
「仰せのままに。マイプリンセス」
「私はもうプリンセスじゃないわよ」
マイセンに差し出された手を取る。
指先から何かが伝わりそうで、それが少しだけ怖い。
「…お前は俺のお姫様だよ。昔からずっと」
「本当、あんたって馬鹿よね」
私は小さく笑った。
「でもあんた、私が恋なんてしたらどうするの?」
「さぁ…どうするだろうなぁ」
「ま、今のところそんな予定はないけどね」
私はマイセンの腕を取ると、ぎゅっとしがみついてみせた。
するとマイセンが息を飲むのが分かった。
「……っ」
「何よ、変な顔して」
「いや…お兄ちゃんは心配だよ」
「だから付き合ってあげるんじゃない」
「はいはい」
誰がどうみたって私たちは兄妹に見える。
そんな兄の腕に自分の腕を絡める私は余程のブラコンに見えるかもしれない。
(…ま、たまにはいいか)
久しぶりの兄との時間。
恋っていいものだと笑う兄を見て、一体この男は誰のことを考えたんだろうと馬鹿みたいな独占欲に私は小さく笑った。