「カズヤくん」
数年ぶりに目を覚ましたカズヤくんは衰えた筋力を取り戻すためにリハビリを続けている。
病室に顔を出すと、カズヤくんは難しい顔をして目の前のものと格闘していた。
「アイ、おかえり」
「うん、ただいま。調子はどう?」
カズヤくんは私を見ると、ふわりと笑う。
その笑顔にほっとして、パイプ椅子に腰かける。
「うん」
ずっと眠ったままだったカズヤくんはまだ一人で満足に歩くことはできない。
それは少しずつ毎日の積み重ねをしていくしかない。足の筋力が衰えている事以外にも色々と問題があった。
箸をうまく使えないのだという。
それの練習を兼ねて、タクヤくんはお箸で食べるように甘納豆を大量に買ってきて、それを箸で食べるようにと言いつけたそうだ。
「何個か食べれた?」
「全然」
お箸を持つ手はぷるぷると震えていた。
私が来る前から練習をしていたんだろう。
あまり無理をするのも良くないと思い、私は手を伸ばした。
「今日はもうやめにしよっか」
「…じゃあ、アイが食べさせて」
「え?」
「あーん」
カズヤくんは戸惑う私なんてお構いなしに目を閉じて口を開けた。
それはまるでひな鳥が親鳥にえさをねだるような…そんな可愛らしさもある。
カズヤくんは、甘え上手だ。
紋白さんの時から、気付けば体温を感じる距離にいたりして。
ベッドに一緒に潜り込んだ時も、疚しさを感じなかった。
だから照れる自分のほうが疚しいのかな、とか考えてしまうこともしばしば。
「…しょうがないなぁ」
恥ずかしさを誤魔化すように、カズヤくんがつかっていた箸を代わりに持って甘納豆を口へ運んだ。
「美味しい?」
「うん。自分で食べるより、アイが食べさせてくれるほうが美味しい」
「カズヤくんはずるいんだから」
困ったように笑うと、カズヤくんは不思議そうに小首をかしげる。
「アイも食べたい?」
「うーん。でも、それはタクヤくんがカズヤくんのために買ってきたものだから…」
「わかった」
カズヤくんと視線がぶつかったと思ったら、次の瞬間ー
彼に強く手をひかれて、そのまま唇が重なった。
「ーっ!?」
歯がぶつかるかと思ったのに、そんな事も起きず。
重なった唇から、カズヤくんの舌が私の中へと割り込んでいた。突然の深いキスに驚きを隠せなかったけど、口の中に甘さが広がって、唇が離れる頃にカズヤくんが何をしたかったのかようやく気付いた。
「アイ、美味しかった?」
「~っ!カズヤくん!こういうのは、その…あんまりしちゃダメだよ!」
恥ずかしさのあまり、キスが終わっても顔を上げることが出来ない。
でもきっとカズヤくんは不思議そうな顔をしてるんだろう。
「俺は美味しかったよ、アイとの…」
「わー!分かった!私も、おいしかったから!もうそれ以上は」
ばっと顔を上げると、カズヤくんは満足そうに笑っていた。
「アイのためにも、頑張ってリハビリするから。
もう少しだけ、待っててね」
カズヤくんはそんな事を言いながら私の頬をゆるりと撫でた。
「うん、待ってる。いくらでも待てるから」
カズヤくんの手にそっと触れる。
カズヤくんに振り回されてばかりだけど、それが嫌じゃなくて。
幸せだな、とカズヤくんの手から伝わるぬくもりに愛おしさが募った。