講義中、突然エリアス教官が呼び出されてしまい、ちょっとした自習時間。
頬杖をついていたはずが、気付けば突っ伏していたヴィルヘルムをちょいちょいと呼び起こすと、パシュは得意げに話しかけた。
「なあ、ヴィルヘルム。知ってるか?」
「ん?なにがだ」
「ひまわりの種って食えるんだよ」
「なんだよ、ひまわりって」
「おまえ知らないのか?黄色い夏の花」
「花なんて女が好きなもんだろ、食いもんじゃねーし」
「おいおい、ヴィルヘルム。その言い方は良くないんじゃないか?
おまえだっていつだったかランに花束あげたんだろう」
「なっ・・・どうしてそれをおまえが知ってるんだよ!
だからあいつが喜ぶかと思って・・・!」
「女は花あげておけば喜ぶ~みたいな言い方が良くないんだよ」
「べ、べつにそんなつもりじゃ」
小声で話しているつもりなのだろうけど、彼らの話し声はしっかりと私の耳まで届いていた。
級友に囲まれて、楽しそうに話すヴィルヘルムの横顔を見て、私はとても穏やかな気持ちになっていた。
「なあ、ラン。おまえ、ひまわりの種って食ったことあるか?」
「え?ああ、さっき話していたこと?」
「なんで知ってるんだ、おまえ」
「さあ、なんでだろうね」
ふふ、と私が笑うと少し拗ねたのか、舌打ちをして視線をそらす。
「ひまわりの種ってハムスターとかが食べるものじゃなかったかな」
「はむすたー?」
「そう、手のひらにのるくらいの小さい生き物」
「ふーん」
そういわれてもピンと来なかったらしく、私は持っていたノートを開いて、簡単にらくがきしてみた。
「こんなかんじのかわいい生き物」
「なんでこいつこんなほっぺたでかいんだ?」
「ここにえさを詰め込むんだって」
「なんで?」
「ヴィルヘルムだってよくたくさん食べるときほっぺたにつめるでしょう」
おなかがとっても空いてる時、目一杯口に詰め込むヴィルヘルムはよく考えればハムスターに似ているような気がする。
ほっぺをつつくと、煩わしそうに私の手をどける。
それを何回か繰り返すと、手を強く握られた。
「それで、おまえはひまわりの種食ったことあるのか?」
「ないかな」
「・・・そうか」
よほど気になったのか、その後もひまわりの種を探すヴィルヘルムの姿はしばしば目撃された。
観賞用のひまわりの花にはもちろんまだ種なんてなくて、結局なかなか見つからなかった。
そんなある日のこと。
「ああ、ラン。ちょうど良いところに」
「どうかしたの?ニケ」
廊下を歩いていると、荷物を抱えたニケに出会った。
「うん。ヴィルヘルムがひまわりの種を探してるって噂聞いたから。
これ、良かったら彼にあげて」
ポケットに手をさしこんで、ひまわりの種を取り出して私の手に乗せてくれる。
「いいの?ありがとう!
ヴィルヘルム、きっと喜ぶわ!」
大事に守るように手をそえると、ニケも嬉しそうに笑った。
ヴィルヘルムはこの時間、空いているはずだからと探しているとアサカと歩いてるのをようやく裏庭の傍で見つけた。
「ヴィルヘルム!ひまわりの種!」
「え?」
「ニケがくれたのよ、ほら」
手を広げてヴィルヘルムにそれを見せると屈みこんで私の手を覗き込む。
「へぇ~これがひまわりの種か」
「良かったですね、ヴィルヘルム」
1つを指でつまみあげるとしげしげと見つめた。
そのまま口に放り込むかと思いきや、ただ見つめるだけだ。
「これって食ったら終わりなんだろ?」
「え?うん、そうだね」
「なあ、アサカ。種ってことは埋めれば生えてくるのか?」
「そうですね。きちんとお世話してあげれば芽を出して、花が咲くと思いますよ」
「ふーん・・・」
私は思わずアサカと一緒に首をかしげる。
ヴィルヘルムはしばし考えこむと、種を私の手のひらにもどした。
「・・・そんなちょっと食っただけなら味なんて分かったもんじゃねえから。埋めるぞ」
「ヴィルヘルム・・・」
思ってもいなかった彼の言葉に、嬉しくなって思わず飛びついた。
「なっ、なんだよ!いきなり!」
「ううん!なんでもない!」
「あ、じゃあ僕がスコップ持ってきますよ。ここらへんに埋めてあげましょう」
「ありがとう、アサカ!」
3粒の種を埋め終わると、アサカに渡された小さなプラカードにヴィルヘルムは『俺たちのひまわり』と書いた。
「いつ咲くんだろうな」
「まだ埋めたばかりですよ」
「うるせぇ!さっさと芽出せよ!!」
「ヴィルヘルム、植物は愛情をもって育てなきゃいけないんだよ」
「・・・がんばって芽だせよ」
もうすぐ夏も本番だ。
きっと彼の誕生日を迎える頃には、綺麗なひまわりが花開くだろう。
それをみんなで見れたらいいな。
きっとヴィルヘルムもそう思って、”俺たち”と書いたのだ。
そう思うと、たまらなく幸福な気持ちになった。
HAPPY BIRTHDAY!!!