誰かに強く惹かれた琴が今まで一度もなかったんだと思う。
だから初めはこの気持ちがなんなのか、どの程度なのか、どういうものなのか・・・分からなかった。
あの人が私の目の前から消えてからもうどれくらい経っただろう。
数えるのが嫌になった日はいつだったのか、
そもそもいつ、あの人がいなくなったのかさえもう分からない。
眠る時、いつも思ってた。
次に目を覚ましたとき、あの人の存在さえも忘れてしまったらどうしようと怖かった。
「・・・ん」
心地よい。
私に触れる誰かの手が愛おしい。重たい瞼を開けると、彼がすぐ傍にいた。
傍にいた、という距離ではない。
ぼんやりとした頭で状況を整理する。
フィンスが腕枕をしてくれていた。
「・・・フィンス?」
「どうした」
「どうしたの?」
暗闇の中、彼の真紅色の瞳が私を見つめている。
そっと頭を撫でる手がさっきの心地よさの正体だった。
「ひさしぶりにぐっすり眠ったかも」
「そうか」
思えばフィンスと離れてからあんまりよく眠れなかった。
彼は甘やかすように私の頭をなで続ける。
「でもどうして頭をなでてるの?」
「おまえもしてくれただろう」
「そうだったね。覚えてくれてたんだ」
「おまえのことで俺が忘れるものなんて何一つない」
平然と、彼はそういう言葉を口にする。
昔は彼の言葉の意味や重さに返せるものは何も持っていなかったからどうしていいか分からなかった。
「私も、もうあなたの何もかも忘れない」
こうやって眠る私を抱き締め、頭を撫でてくれたことも。
私の言葉を聞いて、目が少し笑ったことを。
全部全部、忘れない。
「フィンス、大好き」
あなたと迎える朝が、いとおしい。