講義中、ふとランを見つめていた。
何事にも一生懸命なあいつは講義中転寝とかまずしない。
俺は・・・まぁ、パシュほどはしてないが、そもそもこうやってじっとしている事が苦手だ。
箱に押し込まれる感覚がして、窮屈さに耐え切れなくなる。
初めの頃はしょっちゅうサボってはその度ランに説教されていた。
「ランはヴィルヘルムのお母さんみたいだね」
お母さんじゃなくて、恋人だっつーの。
今では皆が知っている事なのだけれど、母親扱いはあいつも嫌だろう。
だから出来る限り、そういう風に俺の面倒を見させたくないと思って努力している。
まぁ、面倒見が良いから自然と世話を焼かれてしまうのだけれど。
あ、今あくびを押し殺した。
ランを見ていると飽きない。
あいつの全てが愛おしくて仕方がない。
何をどう伝えればいいのか、正直よく分からない俺はあいつの気持ちに応えられているのだろうか。
そんな事を考えていたら、エリアスに当てられた事にも全く気付かず呆れられてる内に講義が終わった。
「ヴィルヘルム、さっきどうしたの?」
講義が終わると、ランが少し心配そうな顔をして近づいてきた。
まずい。お前のことを考えていたなんて今言うのは違う。
「あ~・・・と。アサカと約束してんだ!悪いな!」
「え?」
「あ、えと、うん。そうだったね」
ランはぽかんとした表情をし、近くにいたアサカは何のことだか全く分かっていないはずなのに
話を合わせようと相槌を打つ。アサカのそういう場の空気を読める加減、少し見習った方が良いのかもしれない。
「じゃあ、また後でな!ラン」
「う、うん。じゃあね、ヴィルヘルム、アサカ」
講義室を出ると、思わず息をついた。
「どうしたの?ヴィルヘルム」
「あー、悪いな。調子合わせてもらって」
「ううん。それは構わないよ」
アサカはにこりと笑うと、じゃあゆっくり話せるようなところへ行こうかと俺を連れ立った。
あの、苦いお茶でも飲もうといわれるのかと少し身構えたが、そんな事はなかった。
講義も全て終わったこともあり、そのまま城下へと行き、軽食を買ってベンチへ腰掛けた。
「それで、何か悩みでも?
最近は順調そうに見えていたけど」
「あー、まぁ・・・特に何かあるってわけじゃないんだけどよ」
アサカになら話しても良いだろう。
こいつなら茶化したりする真似はしないはずだし、物腰の柔らかさもあって女の気持ちにも聡そうだ。
「ランにさ・・・俺があいつを好きだって言うの伝わってるのかなって考えてたんだ」
「君たちは恋人同士じゃないか」
何を今更、といったように少し驚かれる。
いや、わかってるんだよ、そういう反応されるのは。
「言葉で伝えるだけじゃなくて、何かしてやりたいんだよ。
あいつの喜ぶ顔が見たい」
「なるほど・・・」
俺のもどかしい気持ちが伝わったのか、アサカは腕を組んで少し考えるようなしぐさをした。
「あ、じゃあこういうのはどうだろう。
彼女に花を贈るっていうのは」
「・・・俺はラスティンか」
ラスティンが女を口説く時は花をあげると良い、といつだったか話しているのを聞いたことがある。
それを思い出してしまい、若干ひく。
「でも、女の人は綺麗なものが好きだから。
それに彼女はルナリアの花が綺麗だと言って喜んで配達していたし、花喜ぶと思うよ」
「確かに・・・」
綺麗でしょ?と以前、ルナリアの花の木を誇らしげに俺に見せてくれた。
このお花を摘んで届けるの、凄く楽しいの!と笑っていたランの笑顔を思い出す。
「サンキュ、アサカ」
花を贈ろう。
正直、恥ずかしいといえば恥ずかしいんだけれど。
それであいつが喜ぶんなら構わない。
「買いに行くの付き合おうか?」
「いや、俺一人で行く」
「そっか。頑張って」
それからアサカとは別れて、その足で花屋へと向かった。
色とりどりの花があるが、俺はどれを買うか一目見て決めた。
「アサカ、ヴィルヘルムは?」
食堂で一人で夕食を食べているアサカを見つけた。
「まだ来てないみたいだよ。さっき城下で別れたから分からないんだ」
「そうなんだ・・・隣良い?」
「うん、どうぞ」
夕食を持って、ユリアナも遅れて席に着く。
今日の講義のことや他愛のない話をしながら夕食を食べるが、
ヴィルヘルムがいないことが凄く寂しい。
「あ、ラン。ヴィルヘルム・・・」
私は食堂の入り口を背に座っていて、アサカとユリアナはその反対。
つまり二人からは入り口から入ってきたヴィルヘルムが見えたようなのだけれど、
その言葉は途中で止まった。
どうしたのだろう、と首をかしげていると。
「ラン!」
「ヴィルヘルム?」
名前を呼ばれて振り返った。
そして、私は目を見開いた。
だって、
「どうしたの?それ」
ヴィルヘルムは大きな大きなピンクの薔薇の花束を抱えていたから。
「お前にやろうと思って」
思わず席を立ち、ヴィルヘルムと向き合う格好になる。
「綺麗・・・でも、どうして?」
嬉しくて、でも不思議でさっきから質問ばかり口にしてしまう。
「お前のこと、もっと笑わせたり、幸せにしたいって考えてた」
ヴィルヘルムのアメジストのように綺麗な瞳が、私を捉える。
「言葉以外に、伝える方法考えて、アサカにも聞いてもらってこれにした」
思わず振り返ってアサカを見ると、にこりと微笑まれる。
「喜んでくれるか?ラン」
「・・・馬鹿、当たり前だよ!」
綺麗な花束もすっごく嬉しいけれど、ヴィルヘルムの気持ちが何よりも嬉しくて
思わず涙ぐみながら薔薇ごとヴィルヘルムに抱きついた。
「ありがとう・・・ありがとう、ヴィルヘルム!」
「ああ」
顔をあげれば、少し頬を赤らめて微笑むヴィルヘルムがいる。
二人で見詰め合って、微笑み合っていると、周囲からわぁぁ!といった歓声が起きた。
「あ、」
そうだ。食堂だった。
食堂にはそこそこ人がいて、私たちはそれなりに有名人で・・・
「なんだなんだ?公開プロポーズか!」
「やるなぁ!」
はやし立てるような声に先ほどとは違う意味で一気に顔が熱くなる。
「~っ!」
ちらりと様子を伺うように改めてヴィルヘルムを盗み見れば、彼も茹だこのように真っ赤だった。
それから私の手を握ると、強く引っ張ってそのまま食堂を逃げ出した。
足早に向かうのは、ルナリアの花の木の元。
「周りのこと忘れる癖、直さねえとな」
二人きりになると、ぽつりとヴィルヘルムが呟いた。
私はそれが可笑しくて思わず噴出してしまう。
「笑うなよ、お前だって同罪だ」
「ふふ、ごめんなさい。
でも、すっごく嬉しいよ。・・・恥ずかしかったけど」
「あー、うん・・・」
ヴィルヘルムはぎゅっと私を抱きしめてくれた。
「あんまりきつくするとせっかくの花が潰れちゃう」
二人の間にある花束が苦しいといわんばかりにその香りを私たちへ届ける。
「気をつける
・・・ラン、俺はお前のこと愛してる
何回言っても足りないし、この気持ちをどう伝えていいか分かんないけど
俺なりの想いをお前に伝えていくから」
「うん。
私もヴィルヘルムが大好き。
愛してる」
それから少し背伸びをして、私たちは気持ちを確かめ合うかのようにキスをした。
その後、食堂での公開プロポーズ(ってみんなには言われてる)の件でヴィルヘルムは
散々男子寮でからかわれているとアサカから聞いた時はその姿を想像して私も笑ってしまった。